はてなキーワード: エピペンとは
タイトルの通り、ほんの少しの油断で、我が子の命を奪ってしまうところでした。
うちの子は小さい頃からアレルギー体質で、特にナッツ類がダメです。
気をつけているつもりだったし、食べ物を買う時はできるだけ成分表示を確認してきました。
外食も慎重にしていたし、「大丈夫」という自信みたいなものも、どこかにあったと思います。
その日は天気もよくて、公園でお弁当を食べて、いっぱい遊んで。
「アイス食べたい!」と子どもが言うので、売店で買ってあげました。
そのときも、まったく疑わなかったんです。
あの時、ちゃんと裏を見ていればよかった。
半分くらい食べたところで、「なんかのどがイガイガする」と言うんです。
まさか、と思ってパッケージを確認したら、そこには「アーモンド入り」の文字。
頭が真っ白になりました。
「やばい、でも前にも少しアレルギー反応が出たことあったし、家で薬を飲ませれば大丈夫かも」と、
その時はそう思ってしまったんです。
でもその途中で、子どもの顔がどんどん赤くなって、
救急隊の人がすぐに来てくれて、病院に着いて、すぐに処置してもらいました。
あとで先生に聞いたら、アナフィラキシーショックだったそうです。
正直、聞いたときピンとこなかった。
「ハチに刺されたらなるやつ?」くらいにしか思わなかったけど、
それがどれだけ怖い状態だったのか、あとから実感して、ゾッとしました。
本当に、あと数分遅れていたらどうなっていたかわかりません。
「家で薬を飲ませよう」なんて、軽く考えた自分が本当に情けない。
本気でそう思いました。
今回のことで、痛いほど学びました。
アレルギーは“体質”とか“軽い症状”じゃなくて、命に関わる病気なんだってこと。
ほんのひと口、ほんの少しの油断で、取り返しのつかないことになる。
もし、うちと同じようにアレルギーを持つお子さんがいる方がいたら、
どうか、どんなに慌てていても、どんなに小さなことでも、成分表示を必ずチェックしてください。
そして、もし少しでも様子がおかしかったら、「大丈夫だろう」じゃなくて、すぐに救急車を呼んでください。
家でなんとかしよう、は本当に危険です。
今こうして子どもが笑ってるのを見て、「生きててくれてありがとう」って、心の底から思います。
今回のことは、絶対に忘れません。
同じ症状がでたら迷わず、エピペン使用+119番への電話は必須なのだということがわかりました。
今回、救急車を呼んでから病院で治療を受けるまでの流れを体験して、
救急隊の人はあっという間に来てくれて、
到着するやいなや冷静に状況を判断して、子どもの様子をチェックしてくれて、
搬送中もずっと声をかけてくれました。
正直、最初は「救急車を呼んだらすごくお金がかかるんじゃないか」とか、
「入院になったらどうしよう」と思っていました。
でも、実際はほとんどの費用を国が負担してくれていることを改めて知りました。
冷静に考えたら、これって本当にすごいことですよね。。
命に関わる場面で、「お金がないから病院に行けない」なんてことがない社会。
当たり前のようでいて、これは本当にありがたいことなんだと痛感しました。
今回のことで、私はいろんな意味で「支えられて生きている」と実感しました。
医療の仕組み、救急の方々、病院のスタッフの方々、そしてこうした制度を作ってくれた人たち。
どれかひとつでも欠けていたら、
だからこそ、
【追記】気にしてもらえて嬉しかったです。いちばん好きな食べ物は松屋の牛めしです。あとすき焼きも卵がなくても好きです。
いちばん便利で、手っ取り早い栄養素が損なわれているのでは、とは思ってるけど、これからもたくさんたのしく暮らしたいです。
卵アレルギーって言うと、なぜか牛乳は大丈夫?ってよく聞かれるの、なんでなんだろう?
上京してから何年も経ってるのに、まだもんじゃ焼きを(お好み焼きみたいに卵入ってそうに思っちゃうから)食べてないのはなんとかしたいです。
子どものころから卵アレルギーが治らなかった人、意外といないのか話を見ないので、書きます。
子どもが卵アレルギーでも、ちゃんと健康に育つので親御さんは悩まないでください。
物心ついてから、初めて卵製品で食べれないと思ったのは、保育所で食べたカステラ。
小学校一年生の時は、給食食べきるまで昼休みがもらえなくて辛かった。吐きそうになりながら食べた記憶がある。
親は苦手なのかなくらいに考えてたんだと思う。
2年生以降はたぶん卵アレルギーだということが確定して、給食は食べ切らなくてよくなった。
でも、お弁当やかわりのおかずを持っていける時代ではなかったので、千切りキャベツをドレッシングなしで食べるのは辛かった。
小学校高学年の宿泊研修で、みんなが食べていてどうしても食べたくなり、卵入りアイスを食べてしまって嘔吐。その頃には先生たちも大慌てで、次の年から生徒にアレルギー確認があったり、語り継がれていたらしい。
親が月に一回、田舎から1時間以上かけてアレルギーの治療に連れて行ってくれたけど、特によくならなかった。今思うと、親も心配してくれたのにな…と思う。その頃の薬のせいで身長が伸びなかったのでは?疑惑があるらしいが、よくわからない。両親に比べて背は小さいけど、女で154cmなら普通くらいだから気にしてない。
誕生日ケーキもないので、ゼリーやアイスだった。卵なしのケーキを用意してくれたこともあったけど、パサパサでおいしくなかったなあ…。今なら色々おいしいものもあるのかも。
20代前半でハンバーグが食べれるようになったり、20代後半でハンバーグや蕎麦屋のふわふわの天ぷらが食べれなくなったり、浮き沈みはある。
あと、妹も同じで生涯卵アレルギーだけど、これくらいなら食べられる/食べられないは結構違う。
去年はうっかりムース(卵さわった手で粘膜触ると腫れるから、お菓子作ったことない)を食べてしまって、下痢と血圧が一気に下がって人生初の救急車にのった。点滴打ってもらって元気になった。
他にもハウスダストとか花粉、山芋も食べれなかったり。皮膚湿疹も酷かったけど、1年中抗ヒスタミン剤を飲み始めてだいぶよくなった。
結婚もして、夫は元マヨラーだけど、食べたい時にはひとりで食べているみたいだし、そんなに不便は感じてないと言ってくれている。
さすがにフレンチで卵アレルギーをお店に申告できなくて、記念日は毎年イタリアン。ワイン好きなのでちょっと残念。
今後子どもができたら、卵アレルギーだとやっぱり可哀想って思っちゃうのかもしれない。
卵が食べれたらなあと思うこと、ないことはないけど、そもそも味が、辛かった思い出とリンクして食べたい気持ちは起きない。なんなら、凝り性なので少しくらい枷があるほうがいいと思うくらい。
あらためて、色々トライ&エラーを繰り返しているので大事に至らなかったのはラッキーだと思います。これからも失敗するかもしれないけど、ある程度は対処もできるようになった。酔っ払って見間違いだけしないように気をつけていきます。
娘の卵アレルギーが、わかったのは1歳の頃だった。母親なら1歳何ヶ月って覚えてるんだろうけど、それがあたりまえになって何年も経つと、細かいことになってしまった。
「これ食べていい?」娘は会話ができるようになって、食事の時に、何度も何度も聞くようになった。
そのたびに、「いいよ」か、「卵が入ってるからだめ」のどちらかで答えていた。
幸い、祖父母も理解があったので、「少しなら大丈夫」とか「慣れれば平気」といって、勝手に与えるとか、そういうトラブルはなかった。(慣れれば平気は大きな意味で間違っていないかも知れないが)
保育園も協力的で、除去食の対応だけでなく、マヨネーズは園全体で、マヨドレ(卵なしのマヨネーズ風調味料)にしてくれたり、なるべく同じ見た目のものをだしてくれたりと、給食室と協力して対応してくれた。
園での給食とおやつは、他の子どものものを食べないようにと、先生の横が、娘の指定席だった。
それでも、外食となると、店員さんと相談したり、アレルギー表とにらめっこ。意外なものにも卵は入っているので、気が抜けなかった。
お子様ランチはだいたいダメ。やっと入った休日のサービスエリアのレストランで、大人のランチメニューより高いビーフシチューを2歳の娘に「高級品だよ(笑)」と言いながら食べさせたこともあった。
家で体中に発疹が出て、妻がエピペンの皮下注射をしたこともあった。3歳の娘の太ももに針を刺すのは「怖かったけど必死だった」としばらくして話していた。
小学生になるまでにはよくなるかなといったお医者さんの診立てとは裏腹に、年に2回ほどの負荷試験でも、吐いたり、体中に発疹が出たり。でも、同じ病院には、小麦や大豆、娘より深刻な子どもも多くいた。「卵だけならマシ」と言っていた妻の言葉を覚えている。
それでも、5年生になってようやく改善してきた。検査結果も問題なくなり、生卵以外なら、食べられるようになった。
いままで食べたことのないものも食べることができるようになった。
プリンやショートケーキ、パンケーキ、ドーナツ、初めて食べるたびに、「なにこれ、おいしい」という。そして決まって「また今度買ってきてね」と笑いながら言う。
こんな様子をみると、長かったなと思う。
今まで面倒なことに協力してくれた、保育園や学校のみなさん、ありがとう。祖父母にも心配かけたね。レストランや宿泊施設の方には本当に仕事を増やして申し訳なかったと思う。「うちのコもアレルギーがあって」なんて言ってくれる店員さんもいて、気が楽になったことも何度もある。
そして、ワガママも言わずに毎回「これ食べていい?」と聞いてきた娘へ、本当によく頑張ったね。太らない程度にドーナツ食べよう。これからは「卵が入ってるからダメ」じゃなくて、「食べ過ぎはダメ」って言うけど。
最後に妻へ、楽しいはずの食事で命の危険があるという、心をすり減らす状況を毎日毎日繰り返して、大変だったね。一番苦労したのは間違いなく妻だ。心からありがとう。
今日はケーキを買って帰る。いろんな種類を。娘も妻も、娘の弟たちもみんな僕に聞くはずだ。「これ食べていい?」。僕の返事を待たずに食べる姿が今から想像できて、笑いそうになる。
ここ数か月ワクチン接種問診バイトというものが医師求人サイトに掲載されており、私も時間が空くと勤務している。
主な仕事は問診し接種可能か不可能かを判断し、可能な場合は接種後の待機時間を15分か30分か判断することである。
判断基準は厚生労働省が発布する手引き(https://www.mhlw.go.jp/content/000788636.pdf)に従う。
すなわちこの判断基準は全国一律どの会場でも職域でも地域でも変わらないはずである。
しかし、調布のワクチン会場では、会場に着くなり現場責任者の保健師から次のような指示があった。
・迷走神経反射既往のある人(採血等で気分が悪くなったり気を失ったことがある人)は15分待機にしろ
→手引きでは30分待機することになっている
→若い人が多いこともあり倒れる人が続出する
→手引きでは接種後30分待機すれば打てることになっている。
・コロナ既感染の患者は発症から4週以上たっていなければ接種不可にしろ
→手引きでは隔離解除後、主治医の許可があれば接種可である。また、主治医の許可がなくとも、治療にモノクローナル抗体を使っているかどうかが問題なので入院治療を行っていない人は全員摂取可能である。
・気管支喘息のある人の30分待機は不可
→手引きでは言及されていないが、日本喘息学会の通知(http://jasweb.or.jp/members.html)では30分待機が推奨されている
2点目についてその場で保健師に手引きではアナフィラキシー既往では接種不可にならない旨を伝えたところ、
「この会場ではエピペンがなく、アドレナリンしかないので十分な対応ができない」
「ファイザーではなくモデルナなので危険。アナフィラキシー既往のある人はファイザーでうってもらった方がいい」
等のお言葉をいただいた。
ちなみにエピペンは各自治体に無償提供されている(https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=70719)し、病院ではエピペンではなくアドレナリン製剤を使っている。
もちろんモデルナがファイザーよりもアナフィラキシーが多いというデータはない。(https://honda-naika.net/disease/corona/06)
これらにより最も不利益を被るのは接種不可にされてしまった人々である。
ただでさえ予約を取るのが困難といわれるのに、せっかくとった予約がチャラにされてしまうのだ。
どうせ500円くらいの全身つかえる電動カミソリつかわないと「清潔感」「マナー」が保てないのならこれも義務教育の保健や性教育の一貫としておしえとけばいいのに
うちの家族に女性ですね毛が濃いタイプがいるんだけど電動カミソリは痛くもなければ血も出ないということを生え始めのころに説得するのにしばらくかかった
注射も子供のころはいやがってたけど今はエピペンみたいなのを自分でできるようになった
そういうのいっぱいあるとおもうんだよなぁ
生理用品を配るとかもそうだけど必要な身繕いをおしえてあげないで察することもできないちょっとアレなお子さんを
KKO(おじさん・おばさん)にそだてあげるのって虐待だよなぁ
大学卒業しただけレベルの素人が数たくさんいたってどうにもならんってのはIT業界でも周知でしょうが。
素人じゃない保育士でさえ自分の子供を雨の日の自転車3人乗りで車輪に傘挟む事故で殺して書類送検されたりしてる。
母親が歯医者にフッ素塗ってもらおうと子供をつれてったら弗酸つかわれて激痛で殺された事件もある。
もう今の日本で「安心して子供を任せられる」の要求レベルはバク上がりすぎてる。
教師に教育と称してアレルギー食品食わせられたくらいで死ぬ生き物はそっちが悪いだろみたいな話もたくさん見聞きする。
1型糖尿病の児童が学校に注射もちこんでも、トイレでも保健室でもうたせない(覚せい剤を連想させるから?)とか。
みんなバカなの?リスクを押し付け合うしかできないの?見たことないものは理解できないの?
本人の話を疑うところから入るのなんで?
せめて1ケタ児強姦犯罪者はICチップ埋め込もうぜ。痴漢、麻薬の累犯もな。
エピペンとかの教育もしよう。保健体育・家庭科をお題目にしないで国語とおなじくらいしっかりと男女に教えよう。
余談だが、優しさを教えるのなら、道徳(目的)より保体・家庭科(手段)が先だろが、文科省と自民党のバカめ。
国語で源氏物語(目的)をひらがな(手段)より先に憶えさせるか?
安全で男も女も爺さんも婆さんも普通に育児に手出し(補助)できる世の中はそういうとこからだ。
果実ばっかりみて根を育てることをしない教育なんか風が吹いたら倒れる木をつくるばっかじゃねえか。
てかもう運良く倒れなかった木があつまって先生ごっこしてるだけだからな。
ふつうに抗議受けたよ公開直後、海外ニュースにもなったし監督だか誰だかが確かコメントもしてたはずだよ
ただ、「マクレガーさんはウサギを死なせてもいいと思っている」対「ピーターはマクレガーさんを死なせてもいいと思っている」の映画だということが分かってからはある程度擁護も沸いた模様
「僕ラズベリーは駄目なんだ」
→ 「あっあいつラズベリー駄目なんだ食わせてやろうぜ!…えっアレルギー?いやあいつはそういう大変なのじゃないだろ口に向けてラズベリー発射ー」
→ 「あっ動かなくなった、クルマで運ばれて帰ってこないんだ安らかに眠れ」(左前足で木の実ぶちゅー)
という「苦手な食べ物程度だという甘い認識で悪戯した結果エピペンがなければたぶん死んでた」というとこまで描いてるので、それなりに周知教育効果もあるとみなされたりもした
(なお、この映画の登場人物は大英帝国ジョーク判定中であれば後頭部から地面に倒れようがダイナマイトが至近距離で爆発しようが石壁の角に背中から激突しようが怪我をしません)
障害者の人を差別せず扱うべく合理的配慮を求める法律があるので、事前申告があってもなくても搭乗拒否はできない。これはもう必須条件。
例えば米国でも「航空機における障がいに対する差別の禁止」という明確な規則があるが米国就航便がないバニラエアには適用されない。つってもほとんどの先進国共通のコンプライアンスである。
だからバニラエアも即対応しているし、これはこれで解決している話。
現在の奄美空港は車椅子の場合「事前の確認事項がございますので予約センターまでお問い合わせいただきますようお願い申し上げます」とあり、車椅子の場合連絡が必須ということになっている。
木島氏も「面倒」と言っているが、本来論としては空港のバリアフリー設備を利用するのに事前連絡が求められるべきではなく、いつでも使える状態(Available)でなければいけない。
階段横のスロープやビルの障害者用トイレや駅の車椅子用エレベーターを使用するのに事前申請が必要だったらそれはAvailableではない。
もちろん個別事情があるので100%すべてのバリアフリー設備が24時間365日使用可能でないといけないとか極論をぶつつもりはない。通常フローで申請が必要な状態はおかしいというだけだ。
各航空会社のサイトを見ると、どこも「特別な補助(介助・サポート)が必要な場合は事前に連絡を」と書いてある。
アレルギー持ちの人が特別食を頼むときと同じで、航空会社側に何か配慮を求める場合は連絡が必要ということだ。
バニラエアのサイト https://www.vanilla-air.com/jp/guide/special-assistance にも全体的に「お手伝いをご希望のお客様は」とある。つまりバニラエア側にお手伝いを求める場合の手続きということ。
航空会社側に補助をお願いしたい場合は事前に連絡。これは双方不合理は感じないと思う。
一方、同ページに「インシュリン・エピペン等の自己注射器を使用する場合」とあり、自分で注射をうつ場合は事前連絡は必要とされていない(針なので保安検査時に申告する必要は当然あるが)。
なので車椅子でも特に手伝いを求めていないならガイド的には事前連絡は不要であると読めるし、そうであるべきだろうという信念で木島氏は行動していると推察される。
言うまでもなく車椅子を使っている人にもいろいろな状況の人がいて、自力での移動がまったく不可能な人もいれば電動車椅子の人もいるし自らの腕で移動できる人もいる。
木島氏は自らの腕で移動できる人。 さらに同伴者もいる。それで何十か何百の国を行き来できていた。
木島氏はもともとバニラエアに特別な補助を求めていたわけではなく、一貫して「自分と同行者でなんとかできるから普通に乗せてくれ」という主張をしている。
もし木島氏が「事前連絡なしでも空港職員は私を手厚くサポートすべきだ」と主張していたら「そらおかしいやろ」と思ったろうが、特別扱いしないでくれと言っている。
例えば目が悪い人にも矯正器具で自力歩行可能な人もいれば付き添いが必要なレベルの人もいるが、仮に「視力が悪い人は全員事前連絡が必要」となったらおかしい。
サポートを求める人には適切にサポートする、自力で対応可能な人には自力でがんばってもらう、それが正しい受容のありかたかと思う。
前段の繰り返しになるが、木島氏は車椅子ではあるが総合的には動けるほうの人だ。
ラグビーをやっていたとかで腕っ節も強そうだし、どこの国にでも出かけていく度胸もあるし財力もある。
自分が理不尽と思ったことと戦う覚悟もあるし、自分の論を強く主張する知恵もある。
こういう人間は普通「弱者」とは呼ばれず「強者」の範疇に入れられると思う。
ノブレスオブリージュなどと言うつもりはないが、バリアフリー研究所所長という肩書きで講演等している人間が障害者全体の代表のような面をして矢面に立つわけだから言動には注意する必要がある。
人格者たれというよりもリスクコントロールの範疇だ。自分の希望する方向に世の中を動かしたいならツッコミどころを作ってはいけない。