「受付係の竜王」から10年 糸谷哲郎八段の哲学と将棋「人生とは」

 将棋の糸谷(いとだに)哲郎八段(35)は異色の棋士として知られる。竜王のタイトルを経験し、順位戦A級在位5期を誇る超トッププレーヤーでありながら、プロ入り後に大阪大文学部と同大院文学研究科で西洋哲学を学んだ経歴を持つ。8日、東京都渋谷区の将棋会館で指された第82期名人戦・B級1組順位戦(朝日新聞社、毎日新聞社主催)で羽生善治九段(53)戦に臨む直前、地元の大阪で「指す哲学者」と会った。

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 思索するような表情のまま、足取りに迷いはない。

 糸谷哲郎は大阪の街を駆けるように歩いていく。

 福島の関西将棋会館で待ち合わせた後、梅田を抜けて北新地へ。お気に入りのスパイスカレーの店へと記者を招待すべく、道行きを案内してくれた。

 多彩な香辛料の利いた一皿に舌鼓を打った後、英国式のティールームへ。ゆっくりとした午後の時間を共に過ごし、最後はバレンタイン商戦に活気付くデパートチョコレート売り場へ。

 焼き上がったばかりのチョコレート菓子を一緒になってほおばると、棋界随一のスイーツ党として名高い糸谷は「おいしいっ。焼きたてに勝るものはありませんね~」と笑顔を浮かべた。

 東京から来た取材者を全力でもてなしてくれる姿を目の当たりにして、ふと思い出したのは2014年のとある光景のことだった。

 当時、26歳の若き竜王になった直後の糸谷は関西棋士有志のグループ「西遊棋」で開催したイベントで受付係を買って出た。ファンと交流しながら、名簿の名前を確認しつつ会場に招き入れていく様子に周囲は驚いていたが、糸谷はずっと続けてきたことを肩書によって変えることを良しとしなかった。

 単刀直入な言動を好む一方で、人一倍の謙虚さと旺盛なサービス精神を持つ。

 糸谷は言う。

 「棋士は『先生』と呼ばれた…

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