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2025-06-21

『河〇者スター製造機』

第1章:審査室の謝罪

 その部屋には、椅子が七脚並んでいた。六脚には候補者が座り、最後ひとつは「謝罪技官」兼プロデューサーである今井の席だ。

 「では、あなた。例の不倫報道が出た後、初めてテレビに出る想定での謝罪をどうぞ」

 呼ばれたのは若干17歳元ヤン中退の朝井ハルカだった。金髪根本が黒く、言葉遣いには粗さが残る。

 彼女は深々と頭を下げ、涙をこらえたような顔で言った。

 「このたびは、私の未熟な行動で、多くの皆さまにご迷惑とご心配をおかけしてしまい……ほんと、バカでした。心から反省しています

 室内に微かな拍手が起こる。プロデューサー今井は指を組み、うなずいた。

 「いいね。涙の出るタイミング、詰まり気味の声、実にリアルだ」

 朝井はにやりと笑う。さっきまでの反省顔はどこにもなかった。

 今井は続けた。

 「君たち、わかってると思うが。主演タレントというのは、常に“やらかす”リスクがある。それを乗り越えるには、演技力じゃなくて、誠実さでもなくて――“許される技術”が必要なんだよ」

 候補者たちはうなずいた。ここは「許され力」を競うオーディション、“謝罪スター選手権”だった。

 台本も芝居も無い。ただ、自分の中の“クズ”をどれだけ上手に包装し、泣いて見せるか。

 今井は壁際のパネルを叩いた。『2026年度 主演級候補一覧』と書かれたリストの、朝井の名前の横に朱い丸がつけられた。

 「よし、次。君、不倫じゃなくて薬物で行こうか」

 少年は一瞬だけ青ざめたが、すぐに顔を作った。

 ここでは誰もが、スターになるために、最悪の過去を“練習”していた。

第2章高学歴テレビマン接待の夜

 夜の青山、ある巨大ホテルスイートルームにて、ひっそりとした宴が開かれていた。テレビ局・帝都放送制作チーフプロデューサー東大法学部卒・椎名誠司は、その場で笑顔を浮かべつつ、氷入りのウィスキーグラスをスター朝井ハルカ差し出していた。

 「今日は本当に、素晴らしい収録でした。さすがです、朝井さん」

 朝井は、チークの濃い顔で鼻先をクイッと上げる。隣では、マネージャーと局の編成局長笑顔で談笑している。

 椎名は思う。なぜ自分が、河原者出の元ヤン少女にここまで気を遣わねばならないのかと。

 だが、彼にはわかっていた。数字を取れるのは“物語を背負った女”だけだ。そして物語には、必ず「不良の更生」「涙の復活」「逆転劇」という、テレビカタルシスが求められる。

 彼の東大同期は省庁に入ったが、椎名はそれでもテレビを選んだ。なぜなら、芸能界にはもう一つの希望があった。

 それは――

第3章:演技力と知性で生き残る者

 彼女の名は嶺岸しのぶ。劇団育ち、京大文学部卒。地味で話題性に欠けるとされていたが、舞台での演技は鬼気迫るものだった。

 椎名はある日、彼女舞台を見て、その才能に惚れ込んだ。スキャンダルも無い、派手さも無い。ただし、圧倒的な“表現”があった。

 「君を、本物の主演にする」

 それは、接待でも炎上芸でもない、真正スター育成だった。

 しのぶは言った。

 「私には、泣く練習はいらない。泣かせる演技をするだけです」

 それでも、道のりは険しい。今井ら“謝罪製造機”たちが仕切る芸能界で、知性と技術だけで生き残るのは、ある意味で命懸けだった。

 だが、椎名彼女に賭けた。そして――世の中が一人の“地味で知的な主演女優”に揺さぶられる日が来ることを、信じていた。

 彼はふと気づく。

 スターたちが河原であること。それは視聴者にとって、無意識の“安全装置”なのかもしれない。彼らの華やかなパフォーマンスに感動しながらも、どこかで「でも所詮あいつらは元ヤンで、成り上がりで」と、見下すことができる。

 そうだ。だからこそ、この歪んだ共感優越バランスが、芸能という虚構を支えている。そこにこそ、この国の“真の芸能システム”が隠れているのかもしれなかった。

第4章:馬脚の瞬間

 トラブルは、編集スタッフの間でささやかれる一通のLINEから始まった。

 朝井ハルカが、系列下請け制作会社に派遣されていた新人女性スタッフに対し、私的メッセージを送り、こう言ったのだという。

 「スタジオちょっとパンチラしてたよね。撮っておけばよかったな、笑」

 女性は戸惑い、無視した。その後、同様の軽口が続き、やがてスタッフ間で情報が共有された。

 局の内部調査が始まり、朝井は「冗談だった」「親しみのつもりだった」と釈明した。

 しかし、マスコミに流れた瞬間、それは“地元チンピラが馬脚を現した”という形で燃え広がった。

 椎名誠司は頭を抱えた。彼は知っていた。この展開もまた、既定路線だったのだと。

 スターを作り、許させ、崇め、崩壊させる。それが、芸能という構造リズムなのだ

 そして今、新たな“謝罪稽古”が始まろうとしていた。

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