[猫学]米国のにゃんこの暮らしを学び、日本で生かそう
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東京大名誉教授の西村亮平さんと米コーネル大名誉教授の林慶さんをゲスト講師に招いた、よみうりカルチャーの公開講座「猫学(ニャンコロジー)」(特別協賛・いなばペットフード)が3月23日に開かれました。テーマは「日米の猫のあらゆることを比べて学ぼう」。読売新聞東京本社の会場とオンラインのハイブリッド形式で行われた講義の様子をダイジェストでお伝えします。
家族の一員の米国、飼育率低い日本
「日本では2017年に猫の飼育頭数が犬を逆転しました。このことはメディアでも大きく報じられましたので、皆さんもご存じでしょう。一方、米国の統計を見ると、猫よりも犬を飼っている人が依然として多い」
西村さんの話題提供から講義はスタートしました。
「日米の猫と犬の世帯飼育率を比較すると、猫も犬も米国が日本を大きく上回ります。猫は3.7倍、犬に至っては5.2倍です」
米国は印象にたがわず、犬はもちろん、猫もかなり好きだと言えるでしょう。
「別の少し古いデータで、世界の猫や犬の飼育率を比較したものを見ると、日本は4位の米国から大きく離れて20位。猫や犬を飼っている人が少ない国だと言えます。ちなみにEUでは2015年から2022年にかけて飼育率が約30%増加したのに対し、日本では犬は3%減少し、猫は横ばいでした」
西村さんの話を受けて、林さんが次のように答えました。
「米国の国土は日本の26倍あり、各州が国のようなもので、文化や習慣も違います。あくまで私自身の体験や印象であることを前提にお話ししますと、米国では猫や犬に限らず、馬や牛など大型の家畜を含め、人と動物との距離が近い。猫と犬の両方を飼っている家庭も多く、猫や犬と一緒に暮らすことが当たり前なのです」
林さんは1997年に渡米後、ウィスコンシン、ミシガン、カリフォルニア、ペンシルベニアなど9州で就業したことがあります。現在はコーネル大のあるニューヨーク州在住で「山や湖が身近にある典型的な米国の田舎」なのだと紹介してくれました。
日米で異なる純血種への関心
西村さんはスライドを示しながら、「猫と犬の医療費で比較すると、日米とも猫の方が犬よりも少ないです。これは、犬がいわゆる純血種がほとんどで、治療が必要になることが多いのに対して、猫は純血種が少なく、病気が少ないことが背景にあるでしょう」と話しました。
純血種は特徴的な姿形や性格を残すため、近い血縁の中で交配が繰り返されることが多く、遺伝病が発症しやすいのです。
「猫でもスコティッシュフォールドやマンチカンなどのいくつかの純血種では特徴的な病気が見られることが知られています」と西村さん。
スコティッシュフォールドは折れ曲がった耳、マンチカンは短い脚が特徴で、そのユニークな姿が人気を呼んでいる品種です。「犬の世界では遺伝病の問題が生じていますが、日本では猫も同様の傾向が出てきているように見えます。その意味で、私が前回の公開講座でお話ししましたように、猫の『犬化』が進んでいると感じます」
これに対し、林さんはこう語りました。
「私の経験上、いわゆる純血種の猫を米国で診ることはほぼありません。いわゆる雑種の猫がほとんどです。ドメスティック・ロングヘアやドメスティック・ショートヘアと呼びますが、日本で言えば和猫(雑種)にあたると考えてください。米国原産のアメリカンショートヘアは日本で人気の純血種ですが、こちらでは見かけません」
遺伝病の懸念についてアメリカンショートヘアの場合は比較的低いとされます。
「純血種を好むのは、日本ならではの傾向ではないかとの印象を持っています」と林さんは言います。
そして「米国で猫を手に入れるには、アニマル・シェルター(動物保護施設)や譲渡会に足を運ぶのが一般的です。日本では高齢者や独身者に譲渡を認めない団体が少なくないようですが、米国では譲渡の条件が日本ほど厳しくないと思います。実際、獣医学部の学生は独身で家を空けることが多くとも、保護猫を飼っていますから」と話しました。
女性の獣医師が多い米国
「日本で獣医師になる場合、獣医学系の大学は6年制です。詳しくはスライドをご覧いただくとして、米国の制度は大きく異なります。林先生、この点をお話しいただけますか」
西村さんの問いに、林さんは次のように答えました。「米国では日本と違い、獣医学系の大学にいきなり入学することはできません。一般の4年制大学を卒業していないと、獣医学系の大学の受験資格はないのです」
会場の受講者は、初めて聞いたという表情が多く見受けられました。
「獣医学系の大学自体は4年制ですが、入学するのがまず難しく、かつ、卒業することも難しいです」と林さん。「そもそも獣医学系の大学は数が少なく、一つもない州もあります。獣医師は人気の職業で、学生たちは借金をして一生懸命勉強しています」
結果として、獣医師の若手といってもみな30代になっており、日本よりも女性の獣医師が多く活躍していることも特徴なのだといいます。
「米国では専門医制度が非常に発展しており、外科手術などは、世界的にも最先端にあるといっていいでしょう。ただし、最近では、最先端を追うばかりではなく、より基本的な技術を徹底的に身につけるべきだ、との考えも生まれています。具体的には、猫や犬の避妊去勢手術です」。林さんはそう続けました。
避妊去勢手術で殺処分を未然防止
「米国の猫に関する問題に、オーバー・ポピュレーション(増え過ぎ)で殺処分を生んでしまうということがあります。猫は繁殖力の強い動物ですから、この問題が生じやすいと言えます」と林さん。
米国でも日本と同様、野良猫などが殺処分される問題があるのです。
「殺処分を防ぐためには、避妊去勢手術を徹底することが大切です。獣医学部のある大学がアニマル・シェルターと連携して、避妊去勢手術をボランティアで請け負うのです。先ほど話しましたように、米国では獣医学部が少ないわけですが、その分、獣医学部の手術室はとても設備が充実しています。教官の指導の下、獣医学生も参加するので、将来の獣医師のトレーニングともなっています」
林さんはコーネル大の名誉教授になってからも、避妊去勢手術をはじめとする手術をボランティアで続けているそうです。
「現在の米国の獣医師は、学生時代から日本とは桁違いの避妊去勢手術の経験を持っていることになります。最先端の外科手術を研究し、実践してきた私自身も、避妊去勢手術はあらゆる外科手術の基礎になるものだと考えています」
一方、日本ではどうでしょうか。
西村さんは「米国のアニマル・シェルターのような施設が日本にはありません」と前置きした上で、「米国は横断的な仕組みや制度を作るのが上手で、日本から見るとうらやましく感じるところです。それでも林さんの意見もあり、日本動物病院協会を中心にアクションを起こそうとしています」と教えてくれました。
林さんは「まだ一歩も踏み出せていない段階ですが、日本の猫のために活動したいと考えています。皆さんのお力を貸していただきたい」と受講者に呼びかけ、拍手が湧き起こる中で講義は終了しました。
人間にとって、猫という存在はなんなのか。猫にとって、人間という存在はなんなのだろう。
古今東西の人々は猫を愛し、あるいは忌み嫌ってきた。猫は宗教や伝統をはじめ、絵画、文学、音楽といった芸術活動とも浅からぬ縁がある。
昨今の日本ではペットの猫の数が犬を上回り、海外でも似た現象がある。猫は家族と同様の扱いを受け、一部では熱烈な愛護の対象ともなっている。他方で、野生化した「ノネコ」は希少な野鳥を絶滅に追いやりかねない「小さな猛獣」であることが、科学的な調査で判明している。
猫学では識者へのインタビュー、猫にまつわるちまたの話題、科学部記者と暮らすノネコの日常をつづりながら、猫と人とのより良い関係に思いを巡らせていく。