[猫学]文学と遺伝学と猫学と――初の猫学フォーラムでにゃんこを論じる(中)
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テーマ「猫がいるから生きていける」 作家 山口恵以子さん
8月4日に開かれた猫学(ニャンコロジー)フォーラムで、山口さんは鮮麗な緑の和服姿で登壇されました。今でこそ人気作家ですが、2013年に松本清張賞を受賞するまでは、自身の理想とほど遠い日々を過ごし、もがき続けていたそうです。そんな中で、心の支えになったのは猫の存在でした。講義の様子をダイジェストで紹介します。
猫の存在に救われる
2000年に父が亡くなると、しっかり者の頼れる存在で、生来の猫好きだった母に認知症の症状が出てきました。当時の私はお見合いを43回しても成就せずに結婚をあきらめ、宝石店の派遣店員をしながら、細々とドラマの脚本のプロットを書いていたのです。
心身とも八方ふさがりといった状況で、将来のことを考えると怖くてたまらない。そんな中にあって、夜に2匹の猫を抱いて床に就くと、ようやく落ち着いた。猫がいるからなんとかやっていけているなと、しみじみ思いました。
2007年に時代小説で作家デビューしたのですが、更年期うつになったこともあり、鳴かず飛ばずの時期が続きます。その後、社員食堂で働いていた2013年に、松本清張賞をいただき、「食堂のおばちゃんが受賞した」とマスコミから注目されました。
猫に話を戻しますと、今は、白猫のオスのボニー、黒猫のメスのエラとタマの3匹の猫と暮らしています。
猫と一緒に暮らして困るのはやはり、猫がパソコンの上を走り回ることです。キーボードの上に乗っかられて、おかしな文章になったり、順序が入れ替わったり。意味不明な記号が並んでしまい、すべて消したつもりで提稿した後、編集者から「最後の記号のようなものは、これは何でしょう」と問い合わせがきたこともありました。
一番覚えているのは、原稿が丸々消えてしまったときです。ショックのあまり、この子と一緒に死んでしまおう……と思ったほどでした。実際は、原稿は保存されていたので、まったくの早とちりだったのですが。
猫がいなかったら……
猫を飼っていると、やっかいなことはいっぱいあるわけです。3匹の猫のうち、ボニーは唯一のオス猫ですが、去勢しているのになぜか最近、縄張りを主張するようにマーキングをすることがあります。おしっこをぞうきんで拭いて回らなければならず、一苦労です。
このボニーも唯一、おしっこをしないところがあります。私の大切にしている着物です。着物だけはマーキングの対象外なのですね。猫ながらに越えてはならない一線を理解しているのでしょう。鬼の形相の私の姿を想像して踏み出せないのかもしれません。
こんな猫たちと暮らしているわけですが、猫がいなかったら、私の人生、何もないまま終わってしまうような感覚があります。念願だった作家活動を続ける中でも、猫と一緒に暮らすことを上回るような喜びは存在しない気がします。その意味で「猫がいるから生きていける」というタイトルはうそ偽りのないものです。
5年前に母を
猫のおかげで生きていけるという感覚が、今後、ますます強まっていくのかもしれません。
人間にとって、猫という存在はなんなのか。猫にとって、人間という存在はなんなのだろう。
古今東西の人々は猫を愛し、あるいは忌み嫌ってきた。猫は宗教や伝統をはじめ、絵画、文学、音楽といった芸術活動とも浅からぬ縁がある。
昨今の日本ではペットの猫の数が犬を上回り、海外でも似た現象がある。猫は家族と同様の扱いを受け、一部では熱烈な愛護の対象ともなっている。他方で、野生化した「ノネコ」は希少な野鳥を絶滅に追いやりかねない「小さな猛獣」であることが、科学的な調査で判明している。
猫学では識者へのインタビュー、猫にまつわるちまたの話題、科学部記者と暮らすノネコの日常をつづりながら、猫と人とのより良い関係に思いを巡らせていく。