セクハラ救済より透ける「コスト回避」 大学院生が問う働く人の人権

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NPO法人POSSEボランティア・岩本菜々=寄稿
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NPO法人ボランティア・岩本菜々さん寄稿

 自衛隊内部や、旧ジャニーズをはじめとする芸能界におけるセクシュアルハラスメントの告発が相次いでいる。事件が発覚するたびに報道は大きく過熱し、今や新聞やニュースサイトで「性加害」「セクハラ」の文字を見ない日はない。

 しかしその背後で、日本社会ではいまだに数多くのセクハラが闇に葬られている。特に職場でのセクハラのほとんどは、その被害が外部に知られることも、被害者への補償がされることもない。

 厚生労働省の調査では、働く人のおよそ10人に1人は、職場でセクハラをされた経験があると答えている。セクハラの中には精神障害を発症する深刻な例もあるが、労災認定されて補償を受けられたケースはほんのひと握りだ。2022年度の労災補償状況のデータを見ると、セクハラを原因とする精神障害での労災決定件数は102件、その中で支給決定がなされた数は、わずか66件だった。

 09年度には、セクハラを原因とした労災支給決定件数はたったの4件だったことを考えると、わずかながら前進といえるかもしれない。とはいえ、職場で起きたセクハラがきちんと労災として認定され、補償を受けられるケースは、まだまだ驚くほど少ない。

 そんな中、「セクハラ被害が隠蔽(いんぺい)される状況を変えたい」と声を上げる労働者が出始めている。そのひとりが、勤務先の中小企業で起きたセクハラに対して労働組合で闘っている30代の女性だ。

あきらめずに証拠集め、労災認定

 昨年10月には、女性が適応障害を発症したのは、職場でのセクハラが原因であると労災認定が下り、労災保険の支給が決定された。労働基準監督署の調査復命書によると、上司から頭や肩にふれられたことなどによる心理的負荷は強いと判断されたという。

 会社側が協力姿勢を見せない中、当事者があきらめずに証拠を集めて勝ち取った労災認定だった。セクハラを原因とする労災認定自体が年間に数十件しかない中で行われた今回の認定は、同じような状況にある被害者に行動する道筋を示す重要な事例であると言えるだろう。この成果を受け今年1月17日には、当事者と支援してきた労働組合が、神奈川県庁で記者会見を行った。

 私が所属する労働・貧困問題に取り組むNPO法人「POSSE」と、労働組合「総合サポートユニオン」はこれまで、連携してこの事件を支援し、当事者とともに解決に向けて動いてきた。本稿では、私たちのこの数カ月の闘いを振り返りながら、毎年数え切れないほどのセクハラ被害が闇に葬られる日本社会をどのように変えていけるのかを考えたい。

 女性が職場でどんな被害に遭ったのかを、総合サポートユニオンへの取材などから見ていこう。

 30代女性は、スマートフォンなど電子機器の接着剤を扱っている中小企業に勤めている。女性が労基署に申し立てた内容と総合サポートユニオンへの取材によれば、女性は20年ごろから、直属の上司に圧力をかけられ、自分の意見が言えない状況で過重な業務を任されていた。その上、その上司からはたびたび頭をなでられるというセクハラを受けていた。さらに、2人きりになった会議室で抱きつかれたり、「評価するのは俺だからいいだろう」と言われたりしたこともあった。このストレスから女性は1、2カ月に1度過呼吸を起こすようになっていた。労基署の調査復命書によれば、22年1月の時点で女性はすでに適応障害を発症していたという。

「セクハラ相談後に不利益な取り扱い」15%

 組合によると、行為はさらに…

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    マライ・メントライン
    (よろず物書き業・翻訳家)
    2024年5月1日17時0分 投稿
    【視点】

    人生相談・駆け込み寺系のYouTube配信の実情を見ていると、相談を持ち掛けた上で効果的な展開を誰かから(社会から)引き出すには、まず何といっても「コミュニケーション力(いわゆるコミュ力)」が必須であることが窺える。 たとえ真に訴えるべき問

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  • commentatorHeader
    岩本菜々
    (NPO法人POSSE学生メンバー)
    2024年5月6日19時31分 投稿
    【視点】

    この記事を寄稿した本人です。 「セクハラ」という言葉が流行語大賞を受賞してから35年の時が経ちました。「セクハラはいけない」という意識は、それなりに浸透しつつあるように見えます。それにもかかわらず、未だに10人にひとりがセクハラを経験。そし

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Re:Ron

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