近年、転職文化が徐々に浸透しつつある。その背景には多様な要因があり、たとえば日本型雇用の見直しによって終身雇用制度の持続可能性が問われていることや、技術革新による産業構造の変化に対応するため、政府が労働移動の円滑化を政策的に推進していることなどが挙げられる。
こうした社会的・制度的な変化を受けて、個人が職業人生の中で複数の職場や職種を経験することが一般化しつつあり、就業者にはこれまで以上に自律的なキャリア形成が求められている。
そんな中で、よりよいキャリア選択をするにはどのようなことをすればよいのだろうか。本研究では、プロティアンキャリアの考え方を軸に据え、「自己分析」に焦点を当てた。よりよいキャリア選択につながる職業選択時の自己分析とはどういったものであるのか、考察していきたい。
はじめに
プロティアンキャリアとは ~自律的キャリア形成の鍵~
自律的なキャリア形成の重要性が高まる中で、注目されている概念の一つが「プロティアンキャリア」である。プロティアンキャリアとは1976年にDouglas T. Hallによって提唱された理論で、変化の激しい現代社会において、個人が自らの価値観や目標に基づいて柔軟にキャリアを形成していくという考え方である。
この概念は、心理的成功を目的としており、個人が自らのキャリアに対してどれだけ納得感や充実感を持てるかを重視する点に特徴がある。またDouglas T. Hallは、プロティアンキャリアにおいて、心理的成功を実現するために「アイデンティティ」と「アダプタビリティ(適応力)」、「行為主体性」が必要だと述べている。【図1】
【図1】プロティアンキャリア理論のメカニズム//よりよいキャリア選択に必要な「自己分析」とは
※Hall et al. 2018 を基にマイナビが作成
ここでいうアイデンティティとは、自身の興味・価値観・能力に対する理解の深さ、そして過去・現在・未来の自己概念が統合されている程度の2つの構成要素からなる。プロティアンキャリアについて、詳しくは以下のコラムで解説している。
本研究におけるプロティアンキャリアの活用
本研究では、このプロティアンキャリアの考え方を軸に据え、「自己分析」を「アイデンティティの明確化を目的とした行動」と捉えている。
プロティアンキャリアを提唱したDouglas T. Hallは、キャリアの意思決定は人生一度きりの選択ではなく、日常的かつ継続的な学習や内省を通じて適応し続けることだと主張している。しかし実際には、日常的な内省の重要性は理解していても、就職活動時や転職活動時にはじめて自己分析を行うという人も多いのではないだろうか。
本研究では、「自己分析」を就職活動時と転職活動時のものに限定し、就職活動時と転職活動時の自己分析行動がキャリア満足につながるのかを分析した。また「キャリア満足度」については、プロティアンキャリアの主観的キャリア・サクセスを取り上げる。
Douglas T. Hallが重視した日常的かつ継続的な学習や内省につながる第一歩として、キャリアの節目においてまずどんな行動を取るべきかを考察していきたい。
研究方法
就職活動時と転職活動時の自己分析の実施によってキャリア満足度の変化がどのように生じるのかを定量的に分析するため、本研究ではインターネット調査による定量調査を行っている。なお、調査概要は最下部に記載している。
本研究における用語の定義
「自己分析」の定義
一般的に職業選択のための自己分析は「自己の追求」と「仕事研究」があわせて語られることがある。前者は、自分自身の価値観や興味、能力などを深く理解するための取り組みであり、後者は業界や企業、職種などの情報を収集し、自分に合った職業を見極めるための活動である。
この2軸はキャリア選択において相互に補完し合う関係にあるが、本研究では「自己の追求」のみを「自己分析」とし、「仕事研究」とは切り離して考えた。そうすることでそれぞれの効果をわかりやすくする狙いがある。
また前述の通り、本研究内では自己分析を「プロティアンキャリアにおけるアイデンティティの明確化につながる行動」と定義し、就職活動時と転職活動時のものに限定して分析した。
自己分析の実施者の定義
「自己分析」の定義に基づき、「自己分析の実施者」を「プロティアンキャリアにおけるアイデンティティの明確化につながる行動を就職活動時または転職活動時に実施した人」と定義する。
具体的には、アイデンティティの構成要素である、自身の興味・価値観・能力に対する理解の深さ、そして過去・現在・未来の自己概念が統合されている程度について6項目に文章化した。そしてアンケート調査で6項目のいずれかを「実施した」と回答した者を「自己分析の実施者」としている。
自己理解を深める取り組み
- 項目1:自身の興味を明確にする取り組み
- 項目2:価値観を明確にする取り組み
- 項目3:能力を明確にする取り組み
自己概念の統合に関する取り組み
- 項目4:過去の経験や失敗・達成から現在への影響を明確にする取り組み(過去の自己概念)
- 項目5:現在の自分の強み、弱み、価値観を明確にする取り組み(現在の自己概念)
- 項目6:将来の目標やビジョンを持ち、それに向けて現在の行動を計画する取り組み(未来の自己概念)
これらをもとに、設問を作成し、自己分析の実施者を抽出した。また実施の有無にあわせて時間をどの程度かけたかもわかるようにした。
※新卒時と転職時はそれぞれ別設問で聞いている
キャリア満足度の定義
本研究では、「キャリア満足度」をプロティアンキャリアにおける主観的キャリア・サクセスとした。
主観的キャリア・サクセスの指標としては、自身のキャリア満足度を把握する尺度として、Greenhaus et al.(1990)を山本(1994)が日本語に訳した5項目を使用した。この5項目の結果を合計したものを「キャリア満足度」とし、各種分析に用いた。
キャリア満足度という概念を示す尺度に本来は主観的キャリア・サクセスと、客観的キャリア・サクセスがあるが、本研究では今回は主観的キャリア・サクセスのみを採用した。ただし、マイナビの過去調査をもとに「現在の勤め先企業」について給与や仕事内容、休日数など10項目の満足度を聞く設問を作成している。
またプロティアンキャリアにおける成果のひとつである「組織コミットメント」については、プロティアンキャリア過程の間では正負双方の関連が見出され結果は一貫していない(Hall et al. 2018)ことから本研究では除外した。
自己分析で起こる変化について
自己分析実施による自身の変化を測る指標には「キャリア・アダプタビリティ」の尺度を採用した。キャリア・アダプタビリティとは、自身のキャリア形成を主体的に進めて環境変化に適応する能力のことで、心理学者Donald E. Superによって提唱され、Mark L. Savickasによって体系化された概念である。
Mark L. Savickasのキャリア・アダプタビリティは、変化や課題に対処するための心理的資源として位置づけられており(Savickas, 2013)、後天的に高めることができる能力であるとされている。
本研究で実施した調査では、日本語版キャリア・アダプタビリティ尺度(CAAS-J)を参考に、就職活動時と転職活動時それぞれの自己分析の実施によって自身の力がどのように変化したかを聞いた。
※新卒時と転職時はそれぞれ別設問で聞いている
仮説
問題提起
キャリア選択において「自己分析」は定番のステップとして語られることが多い。就職活動や転職活動の場面では、自己理解を深めることが納得のいく選択につながるとされ、企業の採用支援やキャリア支援サービスでも自己分析の重要性が強調されている。
しかし、実際に自己分析を行った人々が、どの程度キャリアに満足しているのか、また、自己分析の「有無」や「量」がキャリア形成にどのような影響を与えているのかについては、十分に検証されているとは言い難い。
本研究では、就職活動や転職活動における自己分析がキャリア満足度やキャリア・アダプタビリティに与える影響について、定量的なデータをもとに検討する。
以下に、本研究で検証する仮説を整理した。
仮説1:自己分析の実施有無とキャリア満足度の関係性
仮説1
自己分析を実施した人は、実施していない人に比べてキャリア満足度が高い傾向にある。
まず1つめの仮説として、アイデンティティの明確化のための行動がキャリアの納得感に影響を与えるという前提に基づき、自己分析の実施者はキャリア満足度が高いのではないかと仮説を立てた。
仮説2:自己分析の実施量とキャリア・アダプタビリティとキャリア満足度の関係性
仮説2
自己分析に時間をかけるほどキャリア・アダプタビリティが高まり、キャリア満足度も高まる。
心理的資源であるキャリア・アダプタビリティを高める方法の1つとして内省が挙げられるため、自己分析にかけた時間の長さがその向上に寄与するのではないかと考えた。さらに、キャリア・アダプタビリティの向上がキャリア満足度にも影響するという因果的な関係を検証する。
これらの仮説をもとに、次章では新卒者および転職者の自己分析・仕事研究の実施状況について、具体的なデータをもとに検討していく。
ここからは、調査結果をまとめる。
調査結果
自己分析・仕事研究の取り組み状況
本章では、新卒時および転職時における自己分析と仕事研究の実施状況について、調査結果をもとに整理する。
新卒時の取り組み状況
2024〜2025年に大学または大学院を卒業した新卒者300名のうち、就職活動において自己分析を実施した割合は92.7%であった。特に多く実施されていたのは、「現在の自分の強み、弱みを明確にする取り組み」であり、自己理解の深化に重点が置かれていたことがうかがえる。【図2】
【図2】新卒時の自己分析実施状況/よりよいキャリア選択に必要な「自己分析」とは
仕事研究については、新卒者の実施率が78.3%であり、もっとも多かったのは企業研究であった。【図3】
【図3】新卒時の仕事研究実施状況/よりよいキャリア選択に必要な「自己分析」とは
※業界研究:世の中にどのような業界があるのか、各業界の特徴や将来性を調べて自分にマッチした業界を探すこと
職種研究:自身が希望する業界の中でどのような仕事があるのか調べ、自分にマッチした職種を探すこと
企業研究:興味のある企業の企業理念や事業内容、働き方などを調べ、自分にマッチした企業を探すこと
転職時の取り組み状況
2024〜2025年の転職者のうち、直近の転職活動において自己分析を実施した割合は67.1%であった。もっとも多く実施されていたのは、「将来の目標やビジョンを持ち、それに向けて現在の行動を計画する取り組み」であり、未来志向の自己概念形成が重視されていた。【図4】
【図4】転職時の自己分析実施状況/よりよいキャリア選択に必要な「自己分析」とは
仕事研究の実施率は53.8%であり、もっとも多かったのは職種研究であった。新卒者と比較すると、転職時の方が自己分析・仕事研究ともに実施率は低い様子がうかがえた。【図5】
【図5】転職時の仕事研究実施状況/よりよいキャリア選択に必要な「自己分析」とは
※業界研究:世の中にどのような業界があるのか、各業界の特徴や将来性を調べて自分にマッチした業界を探すこと
職種研究:自身が希望する業界の中でどのような仕事があるのか調べ、自分にマッチした職種を探すこと
企業研究:興味のある企業の企業理念や事業内容、働き方などを調べ、自分にマッチした企業を探すこと
自己分析の実施有無とキャリア満足度の関係
本章では、自己分析の実施有無がキャリア満足度にどのような影響を与えているかを検証する。対象は新卒者および転職者であり、それぞれのキャリア選択時における自己分析の実施状況と、キャリア満足度(主観的キャリア・サクセス)との関係を分析した。
分析にあたり、キャリア満足度はスコア化し、そのスコアが平均よりも高い群と低い群に二分した。
自己分析の実施率と満足度の傾向
新卒者の自己分析の実施有無とキャリア満足度
新卒者の自己分析の実施率は92.7%だった(図2)。新卒者においては、自己分析を実施していない層が少数であるため、満足度との比較は限定的であるが、自己分析を実施した人の方がしていない人よりもキャリア満足度が25pt以上高かった。【図6】
【図6】新卒時の自己分析の実施有無とキャリア満足度/よりよいキャリア選択に必要な「自己分析」とは
※回答数30以下は参考値
新卒者の仕事研究の実施有無とキャリア満足度
新卒者のうち、仕事研究をしている人の方がしていない人よりもキャリア満足度が25pt以上高かった。【図7】
【図7】新卒時の仕事研究の実施有無とキャリア満足度/よりよいキャリア選択に必要な「自己分析」とは
転職者の自己分析の実施有無とキャリア満足度
2024~2025年転職者の自己分析の実施者は、実施していない人と比べてキャリア満足度が約30pt高かった。【図8】
【図8】転職時の自己分析の実施有無とキャリア満足度/よりよいキャリア選択に必要な「自己分析」とは
転職者の仕事研究の実施有無とキャリア満足度
2024~2025年転職者の仕事研究の実施者は、実施していない人と比べてキャリア満足度が25pt以上高かった。【図9】
【図9】転職時の仕事研究の実施有無とキャリア満足度/よりよいキャリア選択に必要な「自己分析」とは
差の検定
上の【図6】~【図9】の自己分析の実施有無とキャリア満足度の高低について、いずれも自己分析・仕事研究を実施している人の方がキャリア満足度が高かった。これらの差が優位かどうか、「カイ二乗検定※」という統計手法を用いて確認した。
※カイ二乗検定とは、カテゴリーデータ同士の関連性を調べるための検定手法のこと
- 新卒者の自己分析実施有無とキャリア満足度【図6】:p<0.5
- 新卒者の仕事研究実施有無とキャリア満足度【図7】:p<0.01
- 転職者の自己分析実施有無とキャリア満足度【図8】:p<0.01
- 転職者の仕事研究実施有無とキャリア満足度【図9】:p<0.01
検定の結果、【図6】~【図9】すべてで自己分析・仕事研究の実施者と未実施者のキャリア満足度の差は優位であることが分かった。
新卒者は未実施者の回答数が少ないものの、自己分析、仕事研究の実施有無でキャリア満足度が異なることには優位な差があり、自己分析、仕事研究の実施とキャリア満足度には関連性がある可能性がある。
具体的な自己分析例
本章では、自己分析の実施者が実際に行った取り組みの具体例を紹介する。新卒者および転職者それぞれについて、自己分析の6項目に該当する行動の自由記述回答をもとに、傾向や特徴を整理した。
※設問文は自己分析項目1~6それぞれについて誰とどのような取り組みをしたのかを聞く形にした
新卒者の自己分析例
新卒者においては、以下のような取り組みが見られた。
- 項目1:自身の興味を明確にする取り組み
・自分の興味のあることを書き出して、それについてどうして自分が興味を持ったのか、興味を持ったことでそれを仕事にどう活かすかをノートに書き出した(20代【新卒】)
・家族や友人と話しながら、自分の興味のある事は何か考えた(20代【新卒】)
- 項目2:価値観を明確にする取り組み
・家族や友人、先輩と話すことで、自身が日々大切にしていることを共有し、再確認した(20代【新卒】)
・ノートに書いてみて、どんなことに価値観を感じるのか確認する(20代【新卒】)
- 項目3:能力を明確にする取り組み
・アルバイトの経験や自身の性格を踏まえて、得意なことと苦手なことを箇条書きにして、乗り切る方法を含めて対策を書いた(20代【新卒】)
・学校の先生やキャリアセンターの人と面談したり、友達や家族に相談した(20代【新卒】)
- 項目4:過去の経験や失敗・達成から現在への影響を明確にする取り組み
・自身の失敗した経験を紙に起こして、何が原因で起きたのか、そこに対する反省と対策を夜に考え次の日に見直していた(20代【新卒】)
・1人でノートに自身の過去から現在への影響を整理した(20代【新卒】)
- 項目5:現在の自分の強み、弱み、価値観を明確にする取り組み
・率先して引き受ける事柄や、後回しにしがちな事柄を具体的に挙げ、弱みをどのようにしたら強みに見せられるかを考えた(20代【新卒】)
・親友に自身の強みと弱みを聞いて、それを逆説にも捉えて様々な方向から観るようにしていた(20代【新卒】)
- 項目6:将来の目標やビジョンを持ち、それに向けて現在の行動を計画する取り組み
・就職するうえで、どのように成長するのかをイメージトレーニングしていた(20代【新卒】)
・友人や教授と話しながら将来の目標を整理し現在の行動を計画した(20代【新卒】)
新卒者の自己分析に他者介在があったか
また自由回答について、それぞれ他者と分析を行なったかどうか確認し、フラグ立てを行った。
自己分析の内容(項目1~6)それぞれについて以下の4つに区分した。
- ひとりで
- 他者と
- 生成AIと
- その他(特になし、覚えていないなど)
その後、「2 他者と」とそれ以外(他者と自己分析を行っていない)で2グループに分けて分析を行った。
その結果、項目1~6いずれかの自己分析を他者と実施した割合は58.0%だった。過半数が自己分析を他者と行っていたことが分かる。【図10】
【図10】新卒時の自己分析で他者介在があったか/よりよいキャリア選択に必要な「自己分析」とは
転職者の自己分析例
転職者においても、6項目それぞれの具体的な行動例を挙げる。
- 項目1:自身の興味を明確にする取り組み
・転職エージェントの面談をしてまとめた。生成AIとのやり取りでみつけた(20代【転職者】)
・一人で、歩いているときやシャワーを浴びているときなど、生活をしながら自分は何に興味があるんだろうと考えた(40代【転職者】)
- 項目2:価値観を明確にする取り組み
・一人で、メモ帳に自分の価値観を記入していき、まとめた(30代【転職者】)
・エージェントとの対話 課題に取り組むことにより行った(50代【転職者】)
- 項目3:能力を明確にする取り組み
・自分の資格や経験を書き出し、どのように仕事に役立てるかアピールするための材料とした(20代【転職者】)
・何をやっている時に一番心が穏やかで幸せを感じられるかを振り返って確認する(50代【転職者】)
- 項目4:過去の経験や失敗・達成から現在への影響を明確にする取り組み
・まずは1人でノートに書き起こし、その後は複数のエージェントと話しながら多角的な意見をもらった(30代【転職者】)
・一人で、過去の転職した理由を思い出し、同じ失敗をしない環境となるためにはどうしたらよいか考えた(40代【転職者】)
- 項目5:現在の自分の強み、弱み、価値観を明確にする取り組み
・職務経歴書にも記載したが自分の経験という強みがあること。 逆に、年齢的に出来ること、出来にくくなっていることは、整理した(40代【転職者】)
・家族に相談しながら、自身に向き合って取り組む(50代【転職者】)
- 項目6:将来の目標やビジョンを持ち、それに向けて現在の行動を計画する取り組み
・自分のなりたい姿を明確にイメージし、それに見合った働き方ができるよう整理した(20代【転職者】)
・コーチングサービスを有料で受けた。キャリアコンサルタントの用意したフォーマットを利用してまとめた(30代【転職者】)
転職者の自己分析に他者介在があったか
また転職者についても同様にそれぞれ他者と分析を行なったかどうかフラグ立てを行なった。その結果、いずれかの自己分析を他者と実施した割合は41.8%だった。【図11】
【図11】転職時の自己分析で他者介在があったか/よりよいキャリア選択に必要な「自己分析」とは
新卒者と転職者の違い
新卒者は、他者とコミュニケーションを取りながら自己分析をしている割合が過半数となった。一方で転職者は、ひとりで自己分析をしている割合が半数を超え、他者と自己分析をしている割合は新卒者と比べて低かった。
どんな自己分析・仕事研究が役に立ったのか
本章では、自己分析および仕事研究がキャリア形成においてどの程度役立ったと感じられているかについて、調査結果をもとに検討する。新卒者と転職者それぞれの回答を比較し、役立った理由や傾向を明らかにする。
自己分析の有効性
新卒者のうち、就職活動時に行った自己分析が「現在のキャリア形成に役立っている」と回答した割合は61.5%であった。【図12】
【図12】新卒時の自己分析が役立ったか/よりよいキャリア選択に必要な「自己分析」とは
※回答数278(自己分析の実施者)
転職者においては、転職活動時に行った自己分析が「現在のキャリア形成に役立っている」と回答した割合は56.2%であり、新卒者よりもやや低い結果となった。【図13】
【図13】転職時の自己分析が役立ったか/よりよいキャリア選択に必要な「自己分析」とは
※回答数1,207(自己分析の実施者)
自己分析が役立った・役に立たなかった理由
新卒者の理由
新卒者に自己分析が役立った理由を自由回答で聞いたところ、過去・現在・未来をつなげて考えている回答が見受けられた。一方で、役に立たなかった理由としては、面接対策や就活のためだけに自己分析を実施した回答が見られた。
自由回答を分析し、役立った人と役に立たなかった人の差を以下のようにまとめた。
| 観点 | 役立った人の理由 | 役に立たなかった人の理由 |
|---|
| 目的意識 | 自分に合った仕事・環境を選ぶため | 面接対策など内定獲得のためだけ |
| 方法の深さ | ノートに書き出し、対話、年表、価値観整理など多様 | メモやツール使用が中心 |
| 振り返りの範囲 | 過去・現在・将来をつなげて考察 | 過去のみに偏りがち、将来への接続が弱い |
| 対話の活用 | 家族・友人・アドバイザーとの対話が豊富 | 1人で完結する傾向 |
| 感情 | 「楽しい」「自分に合っている」などポジティブ | 「よくわからない」「関係なかった」などネガティブ |
また、回答数が少ないため参考値ではあるものの、自己分析が総合的に現在のキャリアの役に立っているかどうかと自己分析の他者介在の有無を掛け合わせてみると、「役立っている」人は自己分析を他者と行っている傾向にあった。【図14】
【図14】新卒時の自己分析が役立ったか×他者介在有無/よりよいキャリア選択に必要な「自己分析」とは
※回答数30以下は参考値
転職者の理由
転職者に自己分析が役立った理由を自由回答で聞いたところ、具体的な業務に関する振り返りや過去・現在・未来をつなげて考えている回答が見受けられた。一方で、役に立たなかった理由としては、新卒と同様に面接対策のためだけに自己分析を実施した回答や、なんとなく目的無く実施している回答が目立った。
自由回答を分析し、役立った人と役に立たなかった人の差を以下のようにまとめた。
| 観点 | 役立った人 | 役に立っていない人 |
|---|
| 目的意識 | キャリア形成、職場選び、自己理解 | 面接対策、なんとなく、形式的 |
| 方法の深さ | ノート記述、対話、ツール活用、構造的分析 | 書き出しはしているが、記憶が曖昧 |
| 振り返りの範囲 | 過去・現在・将来をつなげて考察 | 過去のみ、または断片的な振り返り |
| 対話の活用 | 家族・友人・専門家との深い対話 | 対話はあるが目的が不明確な傾向 |
| 感情的な納得感 | 「自分に合っている」「やりがいがある」などポジティブ | 「よくわからない」「意味がない」などネガティブ |
また、自己分析が総合的に現在のキャリアに役に立っているかどうかと自己分析の他者介在の有無を掛け合わせてみると、「役立っている」人は自己分析を他者と行っている傾向にあった。転職者は、新卒者と比べて、自己分析の有用性によって「いずれか他者と行った」割合に大きな差が見られた。【図15】
【図15】転職時の自己分析が役立ったか×他者介在有無/よりよいキャリア選択に必要な「自己分析」とは
仕事研究の有効性
新卒者のうち、仕事研究が「現在のキャリア形成に役立っている」と回答した割合は70.2%であり、自己分析よりも高い結果となった。【図16】
【図16】新卒時の仕事研究が役立ったか/よりよいキャリア選択に必要な「自己分析」とは
※回答数235件(仕事研究の実施者)
転職者においても、仕事研究が役立ったと回答した割合は72.2%であり、自己分析よりも高い結果となっている。職種研究や企業研究を通じて、転職先の選定に納得感を持てたことが、満足度の向上につながっていると考えられる。【図17】
※この設問のみ、転職者は2025年に転職を実施した人に限られている
【図17】転職時の仕事研究が役立ったか/よりよいキャリア選択に必要な「自己分析」とは
※回答数493件(2025年に転職し、転職時に仕事研究を実施した人)
新卒者と転職者の違い
新卒者と転職者を比べてみると、転職者は自己分析の目的がより明確で現実的だった。「自分に合った職場」「待遇」「スキル活用」など、実務的な視点が強い傾向にあった。
また、新卒者も転職者も役に立たなかった人たちの回答には「特になし」「なんとなく」など不明瞭な回答が目立ち、どちらも目標を「選考に受かるため」とした場合はキャリア形成に役に立っていないと感じる傾向にあるようだ。
現在よく用いられている自己分析手法
本研究では、自己分析に関する認知度や実施状況についても確認した。新卒者・転職者ともに、もっとも認知されていた自己分析手法は「就職・転職サイトにある適性テスト」であった。就職・転職サイトでの情報収集や応募とあわせて手軽に実施できる点が支持されていると考えられる。
一方で、「自分史を書く」といった手法については、新卒者と転職者の間で認知度に差が見られた。また、転職者の中には「知っている自己分析はこの中にはない」と回答した割合も高く、新卒者の方が自己分析の手法を幅広く認知している可能性があることがうかがえる。
【図18】知っている自己分析/よりよいキャリア選択に必要な「自己分析」とは
自己分析で起こる内面的変化
自己分析は、単に職業選択のための情報整理にとどまらず、個人の内面的な変化を促す行動でもある。本章では、自己分析が個人の内面に与える影響と、そこから導かれるキャリア満足度との関係について考察する。
自己分析の行動量とキャリアアダプタビリティ
本研究では、自己分析によって起こる変化を「キャリア・アダプタビリティ」で測るものとし、日本語版キャリア・アダプタビリティ尺度を参考にしている。自己分析に時間をかけるほどキャリアアダプタビリティが向上するのかを分析した。
その結果、新卒者と転職者ともに自己分析行動量(時間をかけたかどうか)はキャリア・アダプタビリティと中程度の相関であることが分かった。自己分析に時間をかけた人は、キャリア・アダプタビリティが向上している傾向にあるようだ。また、特に転職者の相関係数(r)が大きいため、転職者はより自己分析の実施時間とキャリア・アダプタビリティの向上度合いに関係性があると考えられる。【図19】
【図19】自己分析行動量とキャリアアダプタビリティの関係性/よりよいキャリア選択に必要な「自己分析」とは
※r:相関係数
自己分析行動量とキャリアアダプタビリティ、キャリア満足度の関係性
自己分析行動量とキャリアアダプタビリティ、キャリア満足度の関係性をみるために共分散分析を行った。
新卒者の結果
新卒者は、新卒時の自己分析行動量が多くなるとキャリア・アダプタビリティが向上する傾向にあり、キャリア・アダプタビリティが向上するとキャリア満足度は向上する関係性が見られた。
自己分析の行動量は間接的にキャリア満足度に影響を与えていることが分かった一方で、直接的な効果は見られなかった。【図20】
【図20】新卒者の「自己分析行動量」「キャリアアダプタビリティ」「キャリア満足度」の関係性/よりよいキャリア選択に必要な「自己分析」とは
※R²:決定係数
転職者の結果
転職者においても、転職時の自己分析行動量が多くなるとキャリア・アダプタビリティが向上する傾向にあり、キャリア・アダプタビリティが向上するとキャリア満足度は向上する関係性が見られた。
自己分析の行動量は間接的にキャリア満足度に影響を与えていることが分かった。そして、転職者は直接的にキャリア満足度に影響があった。【図21】
【図21】転職者の「自己分析行動量」「キャリアアダプタビリティ」「キャリア満足度」の関係性/よりよいキャリア選択に必要な「自己分析」とは
※R²:決定係数
新卒者と転職者の違い
新卒者と転職者で大きな違いがあったのは「自己分析の行動量」と「キャリア満足度」に直接影響があるかどうかだ。
転職時は自己分析の実施率が低いが、転職時に就業経験を振り返ることは直接キャリア満足度に影響するため、特に自己分析の重要度が高いのではないだろうか。
しかし、新卒時の自己分析にもきちんと意味がある。選考のための自己分析・仕事研究をするのではなく、自身の未来を見据えてキャリア・アダプタビリティが向上するような取り組みをしていくことで、キャリア満足度も向上させることができるだろう。
新卒者は、就職後にどんな仕事が向いている・向いていない・楽しい・楽しくない等、日常的に自分の分析を深めることが大切だと考えられる。
考察
以下2つの仮説についてそれぞれ考察していく。
仮説1:自己分析を実施した人は、実施していない人に比べてキャリア満足度が高い傾向にある。
仮説2:自己分析に時間をかけるほどキャリア・アダプタビリティが高まり、キャリア満足度も高まる。
仮説1の結果:自己分析を実施した人はキャリア満足度が高い傾向
仮説1では、自己分析の実施有無がキャリア満足度に与える影響について検証した。新卒者・転職者ともに、自己分析を実施した人の方が、実施していない人よりもキャリア満足度が高い傾向にあることが確認された。
新卒者においては、自己分析の未実施者の回答数が少数であったため、比較には一定の制約があるものの、傾向としては仮説を支持する結果となった。転職者においては、自己分析の実施有無によってキャリア満足度に明確な差が見られ、仮説の妥当性がより強く裏付けられた。
さらに、仕事研究の実施有無についても同様の傾向が見られ、自己分析・仕事研究のいずれも、キャリア満足度との間に有意な差があることがカイ二乗検定によって統計的に確認された。
これらの結果から、自己分析の実施はキャリア満足度の向上に関係している可能性が高いと考えられ、仮説1はおおむね支持されたといえる。
仮説2の結果:自己分析の実施量が多いとキャリア・アダプタビリティが高まりキャリア満足度も高まる傾向
仮説2では、自己分析の行動量(時間をかけたかどうか)がキャリア・アダプタビリティおよびキャリア満足度に与える影響について検証した。
分析の結果、新卒者・転職者ともに、自己分析に時間をかけた人はキャリア・アダプタビリティが高い傾向にあることが確認された。転職者は、新卒者と比べて自己分析行動量とキャリア・アダプタビリティの相関が高い傾向がみられた。
さらに、共分散分析により、自己分析行動量がキャリア満足度に与える影響について検討したところ、両者の間には間接的な関係性が確認された。つまり、自己分析に時間をかけることでキャリア・アダプタビリティが向上し、その結果としてキャリア満足度が高まるという構造が見られた。
この傾向は新卒者・転職者ともに共通していたが、転職者においては自己分析行動量がキャリア満足度に直接的な影響を与えていることも確認された。これは、転職時における自己分析が、過去の職務経験を振り返る機会となり、職業選択の納得感や現在の職務への満足感に直結しているためと考えられる。
一方、新卒者においては、自己分析の行動量がキャリア満足度に直接的な影響を与えることは確認されなかったが、キャリア・アダプタビリティを介した間接的な影響はみられている。選考対策としての自己分析にとどまらず、将来を見据えた内省的な取り組みをすることで、主観的に満足感のあるキャリア形成につながるのではないだろうか。
以上の結果から、仮説2もおおむね支持されたといえる。特に転職者においては、自己分析にかけた「時間(量)」がキャリア満足度に直接的な影響を与えることが示されており、キャリアの節目における内省の重要性が改めて浮き彫りとなった。
最後に
本研究では、自己分析の実施状況とその内容、キャリア満足度との関係性について検証してきた。Douglas T. Hallが提唱するプロティアンキャリアが重視する「日常的な内省」の第一歩として、キャリアの節目である新卒時と転職時の自己分析に着目し、その効果を考察した。
その結果、自己分析はキャリア選択において重要な役割を果たしており、特に価値観の明確化や将来の目標設定、他者との対話を通じた自己理解の深まりが、キャリア満足度の向上に寄与していることが明らかとなった。
また、自己分析に時間をかけることでキャリア・アダプタビリティ(自身のキャリア形成を主体的に進めて環境変化に適応する能力)が高まり、その結果としてキャリア満足度が向上するという因果的な関係も確認された。転職者においては、自己分析の行動量がキャリア満足度に直接的な影響を与えていることも示されている。
新卒時には、選考に通るためだけの自己分析ではなく、他者との対話を通じて自己理解を深め、キャリア・アダプタビリティが高まるような取り組みが重要である。転職時には、働く中で得た経験を振り返り、苦手なこと・得意なこと・好きなこと・嫌いなことを言語化したうえで、自分に適した環境を選べるよう情報収集を行うことが求められる。
自己分析は、未来の選択を支える土台となる行動であり、キャリアの節目だけでなく、日常的に継続して取り組む価値があるといえる。
キャリアリサーチラボ研究員 朝比奈 あかり 中島 英里香
調査概要
| 内容 |
キャリア選択における「自己理解」に関する調査 |
| 調査期間 |
2025年6月4日~12日 |
| 調査対象 |
<新卒者> 従業員数3名以上の企業に所属している全国の20~50代の正社員のうち、大学・大学院を2024年~2025年に卒業した人 ※2024年~2025年に転職した人は除く
<転職者> 従業員数3名以上の企業に所属している全国の20~50代の正社員のうち、2024年~2025年に転職した人
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| 調査方法 |
外部パネルによるインターネット調査 |
| 有効回答数 |
<新卒者> 300件
<転職者> 1,800件
※転職者の調査結果は、転職動向調査2025年版で算出された転職者の性年代構成比を基にウェイトバックを行った。転職者の調査結果の回答数はウェイトバック後の回答数を記載している ※調査結果は、端数四捨五入の関係で合計が100%にならない場合がある
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データ集目次
- 新卒時の自己分析について ・・・・・ 2~48P
基本情報/就職活動について/自己分析について/仕事分析について/就職活動の軸/年収と働く目的/勤め先満足度/キャリア満足度/人事評価と自己志向/自己分析手法について
- 転職時の自己分析について ・・・・・ 49~99P
基本情報/転職活動について/自己分析について/仕事分析について/転職活動の軸/年収と働く目的/勤め先満足度/キャリア満足度/人事評価と自己志向/自己分析手法について
- appendix ・・・・・ 100~109P
現在の会社に入社してから何カ月経ったか/普段から自己分析を実施しているか/調査で使用した尺度
参考文献
Hall, D. T., Yip, J., & Doiron, K. (2018). Protean careers at work: Self-direction and values orientation in psychological success. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 5, 129–156.
山本寛(1994)「勤労者のキャリア意識とキャリア上の決定・行動との関係についての研究」『経営行動科学』第9巻第1号、pp.1–11
Hall, D. T., & Chandler, D. E. (2005). Psychological success: When the career is a calling. Journal of Organizational Behavior, 26(2), 155–176.
Savickas, M. L.(2013). Career construction theory and practice. Career development and counseling:Putting theory and research to work, 2, 147-183.
塩川太嘉朗・保田江美・中原淳(2024)「日本語版キャリア・アダプタビリティ尺度の開発:若年労働者を対象とした信頼性・妥当性の検証」『キャリア・カウンセリング研究』第26巻第1号、pp.1‒12.
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