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【独自分析】イーロン・マスク、「反Wikipedia」の裏にある真の狙い

2025.10.31 2025.10.31 00:23 企業
【独自分析】イーロン・マスク、「反Wikipedia」の裏にある真の狙いの画像1
GrokipediaWikipedia

●この記事のポイント
・イーロン・マスクのxAIが公開した「Grokipedia」は“反Wikipedia”を掲げるAI主導の百科事典。表向きは中立を標榜するが、実際にはWikipedia依存や思想的偏りも指摘される。
・Grokipediaの狙いは、GrokとXを連携させたxAI独自の「知識インフラ」構築。AIが生成し人が修正、再学習する自己強化ループで知識主権を確立しようとしている。
・AIによる知識統治には誤情報やバイアスのリスクも。GrokipediaとWikipedia、どちらも完璧ではなく、鍵を握るのは誤り修正の透明性とガバナンスの質である。
 
  10月27日、イーロン・マスク氏率いるxAIが新たに公開したAI主導のウェブ百科事典「Grokipedia」が、世界的な議論を呼んでいる。

 マスク氏は「左派的バイアスに満ちたWikipediaに代わる、真に中立的な知識体系をつくる」と語ったが、実際のGrokipediaはWikipediaに酷似し、しかもその一部を改変・流用していることが判明した。

 この“反Wikipedia”の裏にある本当の狙いとは何か。AI・データビジネスの視点から紐解くと、それはxAIの「知識主権」戦略、すなわち自社LLMのための独自知識インフラ構築であることが浮かび上がる。

●目次

「反Wikipedia」を掲げたAI百科の登場

 米国時間10月27日、xAIは自社のAIチャットボット「Grok」に連動した新サービス「Grokipedia」を発表した。サイト上には「Grokipedia v0.1」と記されたシンプルなデザイン。検索バーを設け、記事件数はすでに88万件を超える。各ページの冒頭には「Grokによって執筆・ファクトチェックされた」との一文が添えられている。

 マスク氏はX(旧Twitter)上で「Wikipediaは“woke bias”(左派的バイアス)に満ちている」と投稿し、「真実を求める百科事典」としてGrokipediaを位置付けた。Wikipediaへの対抗を明確に打ち出した格好だ。

 しかし、The VergeやZDNET Japanなど複数のメディアが検証したところ、Grokipediaの多くの記事はWikipediaからの改変であり、ページ下部に小さく「Creative Commons Attribution-ShareAlike 4.0ライセンスの下で提供」との注記がある。つまり、「反Wikipedia」を掲げながらも、実際にはその知識体系に依存しているという構造的な矛盾を抱える。

理念と現実のギャップ:中立性は本当に保たれるのか

「Grokipediaの特徴は、AIが執筆・編集を担い、ユーザーが『誤り報告』ボタンで修正提案できる点にあります。この仕組みは、Xの『コミュニティノート』と類似しており、群衆によるファクトチェックを模しています」(ITジャーナリスト・小平貴裕氏)

 だが現時点では、どのように修正が反映されるのかは不透明だ。ZDNETによる取材に対し、xAIは「フィードバックの反映プロセスは非公開」と回答を避けている。

 さらにINTERNET Watchによると、出生率や移民、ジェンダーなど、政治的トピックでマスク氏の持論と一致する内容が多く見られるという。AP通信も同様に、「Grokipediaは中立を掲げながらも、結果的に創設者の思想を反映している」と評している。

「AIによる自動編集は効率的ではあるものの、AI自身が誤情報を生成する“幻覚(ハルシネーション)”のリスクを常に抱えています。実際、公開リーダーボードではGrok 4の幻覚率は主要モデルの中でも比較的高く、OpenAIの『o4-mini-high』やマイクロソフトの『Phi-4』と同等レベルにとどまります」(同)

 つまり、「人間の偏りを排除する」どころか、「AIの幻覚と開発者の思想バイアス」という新たなリスクを内包しているのが実情だ。

Wikipediaも無謬ではない:マスクが突いた構造的弱点

 もっとも、マスク氏の主張が完全に的外れというわけではない。Wikipedia自身も「集合知の限界」を抱えている。

 700万件を超える記事は世界中のボランティアによって編集されるが、特定テーマ(政治・ジェンダー・外交など)では編集者の属性に偏りが生じやすく、結果として中立性が揺らぐことがある。

 共同創設者のジミー・ウェールズ氏自身も「編集層の同質性は課題」と認めている。

 さらに、Wikipediaの記事はオープンソースゆえに査読制度がなく、誤情報や古い記述が残りやすい。学術的・報道的な一次情報としては利用しにくいという問題もある。この点で、マスク氏が「Wikipediaに代わる新たな知識体系」を模索するのは理解できる。だがその解がAIによる“自動生成百科”だとすれば、問題の根はさらに深い。

本当の狙い:AIモデルの「知識主権」確立

 Grokipediaを理解する鍵は、マスクの発言よりもxAIの事業構造にある。現在、ChatGPTやClaude、Geminiといった主要な大規模言語モデル(LLM)は、Wikipediaを含む共通の公開データを学習している。

 結果として、各モデルの生成内容は似通い、差別化が難しくなっている。

「マスク氏が目指すのは、その“共通データ依存”からの脱却でしょう。Grokipediaで収集・生成された記事は、Grokの学習データとして再利用可能であり、『Grokが生成→人が修正→再学習→精度向上』という自己強化ループを構築できることになります」(同)

 これは単なる百科事典ではなく、xAIのための知識インフラ=独自データコーパスにほかならない。

 この構想は、X(旧Twitter)とGrokの連携にも通じる。SNS投稿(X)→AI学習(Grok)→知識集約(Grokipedia)という流れが完成すれば、マスクはGoogleやOpenAIのような外部ソースに依存しない「Musk版情報経済圏」を築ける。Grokipediaはその中核に位置づけられる“知識資源の自給装置”なのだ。

AIが知識を管理する時代の倫理とガバナンス

 この戦略は、ビジネス的には合理的である。AI企業が最も重視するのは「高品質で独占的な訓練データ」を持つことだ。しかし、知識の「私有化」が進むことへの懸念も無視できない。

 Wikipediaは非営利で運営され、知識のオープンアクセスを理念としてきた。対して、Grokipediaは企業主導・AI主導であり、編集過程やアルゴリズムはブラックボックス化している。AIが事実を自動生成し、その妥当性を同じAIが“検証”する仕組みは、民主的な知識空間の透明性を根底から揺るがしかねない。

 さらに、学習データとしてXの投稿を利用する点にもリスクがある。SNSには高エンゲージメントだが低品質な投稿が多く含まれ、学習結果として「過激・陰謀的・感情的な知識構造」が形成される可能性がある。実際、10月に発表されたarXiv論文では、こうした“ジャンクコンテンツ学習”がAIの出力に「精神病的傾向」や「極端な認知バイアス」をもたらすと指摘されている。

 つまり、マスク氏の構想は「自由で中立的な知識体系」を掲げつつも、閉鎖的・主観的な知識統治を生むリスクを孕む。

二つの「不完全な真実」:GrokipediaとWikipediaの行方

 GrokipediaとWikipedia――両者のアプローチは対照的だが、いずれも完璧ではない。Wikipediaは「人間による集合知」の限界、Grokipediaは「AIによる生成知」の限界を抱える。どちらも偏りや誤情報を完全に排除することはできず、信頼性を左右するのは誤りを修正する仕組みの質と透明性である。

 AP通信の記事はこう結んでいる。

“Musk criticizes Wikipedia for bias, yet Grokipedia risks replicating it in the opposite direction.”
(マスク氏はWikipediaの偏りを批判するが、Grokipediaはその逆方向で同じ過ちを繰り返す恐れがある)

 AIが生成する百科事典という新たな試みは、知識のあり方そのものを問う挑戦だ。「誰が真実を定義するのか?」。この根源的な問いに対して、マスク氏の答えは「人ではなく、AIが真実を編集する時代」なのかもしれない。

 だが、AIが書く世界で本当に必要なのは、“信じる力”ではなく“疑う力”だ。Wikipediaがそうであったように、Grokipediaが未来の知識基盤となるためには、誤りを正し続ける透明で人間的な修正ループを組み込めるかどうかが鍵となる。

 Grokipediaの誕生は、単なるWikipediaとの対立ではない。それは、AI企業が「自らの知識を自ら所有する」時代への第一歩だ。OpenAIがChatGPT内で検索・要約機能を統合し、GoogleがGeminiで検索と生成を融合させるように、xAIもまた「知識生成から検索まで」を垂直統合しようとしている。

 情報がAIの支配下に入る時代――。そのときに問われるのは、どのAIが最も「真実に誠実」か、ではなく、どのAIが最も「誤りを正す仕組み」を持っているか、である。

 Grokipediaは、その未来を占う実験場だ。“反Wikipedia”の仮面の下で、マスクは静かに「AIによる知識の国家」を建設し始めている。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)