音楽バラエティー番組『EIGHT-JAM』(テレビ朝日系)で披露するロジカルな歌詞解説が話題の作詞家いしわたり淳治。この連載ではいしわたりが、歌詞、本、テレビ番組、映画、広告コピーなどから気になるフレーズを毎月ピックアップし、論評していく。今月は次の5本。
1 “画質が悪くたって クリアすぎる思い出よ”(AKB48『思い出スクロール』作詞:AI秋元康)
2 “ハードル上げる”(ガクテンソク 奥田修二)
3 “靴下かかとナシナシ〜!”(牧野ステテコ)
4 “なんてことないさ”(永野)
5 “最近チョーシ・クルーニー”
時代が変わる瞬間
9月15日放送の日本テレビ『秋元康×AI秋元康』でのこと。秋元さん本人とAI秋元康によるAKB48の新曲プロデュース対決が行われていた。対決前、秋元さんがAI秋元康に「僕の何を学習してくれたんですかね?」と尋ねると、AI秋元康は「僕は秋元康の思考パターンをすべて学習した超高性能な生成AIなんだ。君がこれまで書いた歌詞、エッセー、インタビュー、その膨大な言葉の中から、どういう時に、どういう言葉を選び、どう考えるのかなど、君の勝ちパターンを法則として導き出している」と自信満々に答えた。
対決は選曲から作詞までをそれぞれが行い、秋元さんは『セシル』という曲を、AI秋元康は『思い出スクロール』という曲を完成させた。AKB48のメンバーが歌い、名前を伏せて曲を公開し、ファンによる投票で勝った方はリリース、負けた方はボツになるというルールだった。
結果は、AIの勝利だった。結果を知った瞬間、秋元さんは「これ、どういうリアクションすればいいの……? 残念だよね。全力で書いたのに」と笑った。時代が変わる瞬間を見たような気がした。本人がAIに負ける日が来たのだな、と。そして、リスクしかない、対決という名のこの“実験”を引き受けた、秋元さんの懐の広さに感動した。
正直、どちらの曲もクオリティーが高かった。ただ、AIはAKB48の過去曲をかなりの精度で学習しているため、よりAKB48らしい曲を作っている印象で、それがファンにとっては安心感のようなものがあって、多くの票が集まったのかもしれない。秋元さんの作品には、次のAKB48はこうしたい、こう見せたいという、プロデューサーとしての意志や提案があって、その新しさみたいな部分が良くも悪くも結果に作用したように感じた。
AI秋元康の書いた歌詞は「引き出しの奥に眠ってた あの日の僕のスマホ 指先が不意に触れて 時間が巻き戻ってく」で始まる。使い終わったスマホが引き出しで眠っているなんていうあるあるも、寂しい時に限って昔の恋人の写真を見返してしまうなんていうあるあるも、AIがちゃんと理解しているのが面白い。そうかと思えば、「画質が悪くたって クリアすぎる思い出よ」なんていう表現もさらりとやってのけるのだから、AIはもうかなり高い精度で人間の心の機微を理解して、優れた歌詞を書けるようになっているようである。
日頃から私は、「格好いい」には2種類しかないのではないか、と思っている。一つは「格好よく相手の期待を完璧に叶(かな)えること」で、もう一つは「格好よく相手の期待を裏切ること」である。今回の対決は前者の要素が勝敗を分けたように思う。そして、こうなるとこの先、やはり人間が突き詰めていくべき要素・能力は後者のほうなのだろうなと、改めて思った。
市民権を得てしまった言葉
9月18日放送のテレビ朝日『アメトーーク!』でのこと。「細かい所にひっかかる芸人」のテーマだった。ガクテンソクの奥田修二さんが「よく例えで ”ハードル高い”とか、”ハードル上げる”って言うじゃないですか? でも、ハードルって上げ下げするもんじゃないですよね ? だから、みんなが言ってるのって、たぶん、走り高跳びなんですよ。バーを上げる下げるって言って欲しいんですよ、本当は」と言った。
確かに、言われてみればその通りである。でもどうだろう。これから先、「ハードルを上げる」が「バーを上げる」になる日は来るだろうか。「ハードルを上げる」はもう、表現として完全に市民権を得てしまっていて、永遠にこのままな気がする。
今までも日本語には間違って定着してしまった言葉なんていうのはたくさんあって、例えば「失笑する」は、いわゆる「軽蔑したような苦笑い」みたいな意味ではなく、本来は「笑いがこらえきれずに噴き出す」というまったく逆の意味だったりする。とはいえ、これを本来の意味で使う方が、相手を混乱させてしまうから、間違った方の使い方で使う方が今の世の中では親切だったりする。
余談だけれど、誰かと雑談している時に配偶者の話題になった時、何と呼んで良いものか、いまだに正解が分からない。「嫁」、「奥さん」、「女房」は本来の日本語として間違いだというし、「家内」は時代的によくないというし。いくら正しいとはいえ、くだけた雑談の中で急に「妻」と堅苦しく呼ぶのも何だか珍妙だなあと引っかかり続けながら、口に出している自分がいていつも苦しい。
あの現象に名前を
10月11日深夜放送のTBS『有吉ジャポンII ジロジロ有吉』でのこと。町工場のプライドをかけたバトル「コマ大戦」の取材で、リポーターの牧野ステテコさんがカメラから少し離れたところから歩きながら登場して、「こんにちはー! ちょっと歩いただけで、靴下かかとナシナシ~!」と言って自分の靴を片方脱ぎ、土踏まずの辺りまでずり下がってしまっている浅いタイプの靴下を指さした。
いわゆる“靴下を履(は)いていないように見える靴下”が、歩いているうちにずり下がってきてしまう、というあるあるは、誰もが経験したことがあると思うけれど、この現象にまだ名前がなかったのだなと、あらためて気づかされた。その名称が「靴下かかとナシナシ」で良いのかどうかは分からない。でも、あの状態に何か名前があった方が、会話として便利なんじゃないかと思う。
余談だけれど、長崎県の人は靴下に穴が開いて指が出た状態を「ジャガイモ」と呼ぶらしい。その丸い穴から出た肌がジャガイモに似ているからで、なんて素晴らしいネーミングだろうと思う。















