中国の雲南省からチベット自治区へと点在する松賛(ソンツァム)ロッジを巡る旅を3回シリーズでご紹介しています。
観光では訪れないような少数民族の小さな村に建つロッジに泊まり、それぞれの地域に残るチベット文化の世界や大自然の豊かさに触れる旅は、最初から最後まで専用車でドライバーと専属バトラーが伴走してくれるので、安心して旅を満喫できます。
今回はリス族の郷・塔城(ターチェン)村の続きから。標高3,000m越えの山にあるチベット仏教修行の地へのトレイルに挑戦です。滞在中の松賛塔城山居(ソンツァム・ターチェン・ロッジ)から見える、達磨(ダルマ)山と呼ばれるとんがり山の頂上近くまで登り、巨大な岩壁に建つチベット仏教修行の聖地「達摩祖師洞」へと向かいます。
【動画】風になびくタルチョ(祈願旗)の中を進む達磨祖師洞への巡礼路
塔城村から達磨山へ 山道をドライブ
車で達磨山へと行く道は、町の暮らしを垣間見る風景が続きます。出会う車の主流はオート三輪トラック。山仕事に行くのかな、農作業かな、と想像を巡らせます。
塔城は地元のナシ族をはじめ、チベット族、ペー族、イ族など様々な民族のキャラバンが行き交う茶馬古道の要衝です。厳しく長い旅路のオアシスのような場所で、穏やかな気候と食べ物も豊富な塔城でひと休みしていたそうです。
この日も山道へと入っていくと、のんびりと歩く馬たちに出会いました。毛並みもよく優しい表情をしています。チベットの馬は小型でスタミナがあり、急峻(きゅうしゅん)な山道が続く茶馬古道でも大切な相棒だったのでしょう。
チベット仏教修行の聖地・達磨祖師洞へ
達磨祖師洞までの道のりは、かつては里からの巡礼路を歩いて登っていましたが、今では曲がりくねった山道を車で上り標高3,000mの来遠寺まで行くことができます。そこからは山頂まで周回しながら進む巡礼路を歩いて達磨祖師洞を目指します。
巡礼路にはたくさんの「タルチョ」が風にたなびいています(冒頭動画)。タルチョとはチベットの祈願旗で、基本は5色で白が「風」、赤が「火」、緑が「水」、黄が「土」、青は「空」を表しているそうです。経文の木版を手刷りで写し、仏法が風に乗って世界へと広まるようにと掲げられます。
標高3,000mの山道はゆるやかな登り、時には急な坂道もあって、油断していつもの調子で歩いてしまうと、すぐに息が苦しくなります。チベット仏教では巡礼路も時計回り、ぐるぐると山を右回りに進む道を登っていきます。
実は、前日の夜に、弱音を吐いていたのです。行くのは無理かもしれない、標高3,000m越えの山道なんて歩けるのかな、と。バトラーの麒麟(きりん)さんが飛んできて「ゆっくり歩けば大丈夫、辛かったら戻ればいいのだから行ってみようよ」となだめられて、一念発起して出発したのでした。
ところが、巡礼路は生命力があふれる原生林の祈りの道、不思議なことに歩みを進めるほど元気が湧き上がってきます。
静かな山道には無数のマニ石(経文が刻まれた石)が並んでいます。石に書かれているのは真言や経文で、通る人の人生を「日の出の方向」へ導いてくれるのだそうです。
古いものは苔(こけ)むして森と同化し、大小の異なる石を積み上げた形は、大きなお地蔵様のように見えるものもありました。まるで祈りの言葉がきこえてくるようで、満ち足りた気持ちになりました。ゆっくりゆっくり一歩一歩、今、この場所を自分の足で歩いていることが、とても幸せに感じられます。
聖なる岩山の洞窟に「達磨(ダルマ)大師悟りの地」
ついに到着。巨大な岩壁にへばりつくように建つ、達磨祖師洞が現れました。
中国の南北朝時代(5〜6世紀)にインドの高僧・菩提達磨(ボーディダルマ)が中国へ布教にやってきて塔城を訪れた際に、この山頂の岩崖にある自然の洞窟の壁にむかって10年間瞑想(めいそう)し、ついに悟りを開眼して仏陀(ブッダ)になったと伝わる場所です。その岩窟の場所に達磨祖師洞が建てられました。
達磨祖師洞を守りながら修行を続ける僧侶の姿も見かけました。
急な階段を上って達磨祖師洞の前に立つと、あまりにも断崖絶壁で空中に浮いているような感覚です。お堂の中には、達磨が悟りを開いたときに足を踏み鳴らして作ったとされるくぼみの印も残っています。達磨は、中国禅宗の開祖となり、洞窟に建てられた達磨祖師洞はチベット仏教カギュ派の聖地となりました。
大きなミッションを達成した気分でゆっくりと山を下ります。ふりかえれば長江の上流部・金沙江(きんしゃこう)が眼下に出現する大絶景。大きくS字を描いてカーブする川の流れと、米粒のような集落の家、高山の間を流れる雲が織りなす壮観な光景は、はるかチベット・ラサへと続く旅路の過酷さと圧倒的な自然の力を感じます。