イタリアはなんといっても愛の国! 一皿の料理にかける愛も情熱も並々ならないものです。食べてみると、美味しさの奥深くにどこか知らない隠し味がある。イタリアで暮らす俳優・渡辺早織さんがそんなイタリアの愛に溢れた料理と、とっておきの味の秘密にせまるイタリア料理紀行です。
「人生のやりたいことリスト」
2025年、ローマは「聖年」という特別な年を迎えている。
「聖年の時だけ開かれる四つの聖なる扉を通ると全ての罪が赦(ゆる)されるんだよ」
ポカンとしている私のために、とても平たく説明してくれた友達の言葉を思い出しながら、私は用があってローマに向かっていた。
カトリック教会が25年に一度迎える聖年は、信者にとって重要な年であるため、バチカン市国、ローマは世界中から訪れる巡礼者で混みあっている。
四つの扉を通った話は、またのちほど。
電車を降り、用事を済ませたらちょうど昼食どきであった。
実は今日は「人生のやりたいことリスト」から一つ夢を叶(かな)えるという使命を自分に課している。
それは、「ローマで一番おいしいカルボナーラを食べる!」こと。
日本のみならず世界中から愛されているカルボナーラ。
もちろん土地が違えば好まれる味も、揃(そろ)う材料も違う。
だからこそアレンジが世界中で生まれているのだろうけれど、ローマでカルボナーラと言えるのは、ペコリーノチーズ、グアンチャーレ(豚の頰〈ほほ〉肉の塩漬け)、卵、黒胡椒(こしょう)だけの材料で作られたソースのパスタだ。
たとえばグアンチャーレはなかなか日本ではお目にかかれないけれど、これによるコクとうまみはソースの味に大きなインパクトを与える。
その本場ローマにおいて“一番”と言われているカルボナーラを一度味わってみたい。
とはいえ、一番を決めるのは難しいので自分なりに今日求める一番を定義した。
“地元の人が太鼓判を押す、これこそがカルボナーラだ!と力強く言ってくれるような伝統的な方法で作られたカルボナーラ”だ。
夫にも協力してもらい、彼の知り合いの中でも一番の食通で、食に対して大きな信頼を置いているローマ在住の友達に連絡をしてもらった。
「とても難しい質問だと思うのだけど、あなたにとって一番のカルボナーラは……?」
こんな突拍子もない質問にもかかわらずすぐに返事をくれた上に、それぞれの店の特徴を補足しながら三つのレストランを挙げてくれた。
その中で、観光地化されていないお店で、自分はよくここに行くと書かれていたお店を私は選んだ。
そのレストランはローマの下町トラステヴェレ地区にあるようだ。
さっそくレストランに向かう。
おしゃれな店が並ぶ路地の先にその店はあった。階段をくだり半地下にある入り口の扉をあけると、石のれんがが天井を覆い、こぢんまりとした雰囲気がとても良いレストランだ。
ワインを飲みながらカルボナーラをいつになくドキドキしながら待つ。
いよいよ私の目の前にサーブされる時、ぶわっと広がるチーズの香りに驚いた。
さっそくいただきます。
一口食べて、さっきの驚きをはるかに超えた驚きに包まれる。
これは、私が知っているカルボナーラとは別物だ!
卵のソースはまろやかな甘みとコクをもち、かりっとうまみが閉じ込められたグアンチャーレは口の中ではじけるようにジューシー。濃厚で粘度のあるソースをしっかり受け止めるのにふさわしいショートパスタはリガトーニで、この一皿全体を引き締める黒胡椒。
シンプルな材料だけど全てに意味があり、それぞれが完璧な仕事を果たしている。
これが本場で食べるカルボナーラ。
なんて美味(おい)しいんだろう……!
一口一口慎重に嚙(か)み締めながら考える。
一番の違いはチーズの量かもしれない。
たっぷりいれなければ出せないであろう香り、コク、口当たり。
その濃さに始めは少しびっくりしたのだけれど、口にいれるほどに自分の舌の上になじんでいき、どんどん次の一口が欲しくなる。
濃厚で特別な味わいだと思う半面、どこか日常になじむ落ち着いた味だとも思う。
店員さんに合わせてもらったワインもまた最高においしく、1人ご機嫌にたいらげた。
なんて最高な時間だったのだろう。
夢が叶ってチェックリストが一つ埋まり心も体も満たされてお店を後にした。
また来ます、と心の中でつぶやいて。


















