核融合 小さな太陽を造る壮大な実験

「ITER」は人類のエネルギー危機を救えるか?

2025.10.30
フランスのサン゠ポール゠レ゠デュランスにある高さ60メートルの建屋内で、ITER(国際熱核融合実験炉)の一部がクレーンでつり上げられる。この国際プロジェクトの目標は核融合技術を活用し、世界のエネルギー危機を解決することだ。(PHOTOGRAPH BY PAOLO VERZONE)
フランスのサン゠ポール゠レ゠デュランスにある高さ60メートルの建屋内で、ITER(国際熱核融合実験炉)の一部がクレーンでつり上げられる。この国際プロジェクトの目標は核融合技術を活用し、世界のエネルギー危機を解決することだ。(PHOTOGRAPH BY PAOLO VERZONE)

この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2025年11月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

核融合のエネルギーを発電に利用しようと、世界各国がしのぎを削るなか、南フランスの小さな町では、日本も参加する超巨大プロジェクトが進んでいる。地球上に小さな太陽を造り、ほぼ無尽蔵のエネルギーを確保する――この人類の壮大な夢は実現するのか。

 宇宙で輝く恒星がエネルギーを生み出す仕組みは実に単純だ。

 私たちの恒星である太陽は、およそ46億年前にほぼ一つの成分でできた雲から生まれた。その成分とは、宇宙に最も豊富にある最も基本的な元素、そう、水素である。この水素の雲は、重力の作用で回転する巨大な球体となり、どんどん圧縮されて、ついには中心部の温度がおよそ1500万℃に達した。

 温度と圧力がここまで高まると、水素原子が原子核と電子に分離し、プラズマと呼ばれる状態になる。プラズマは固体、液体、気体に次ぐ物質の第4の状態で、私たちが普段目にするのは稲妻やネオンサインなどに限られるが、太陽系の質量の99%以上を占めている。

 その大半は太陽に蓄えられている。太陽の中心部のプラズマでは、4個の水素の原子核が融合してヘリウムの原子核に変わる現象が、数えきれないほどの頻度で起きている。太陽にはふんだんに水素があるので、今後も50億年にわたって核融合反応が起き続ける。

 この核融合反応に伴い、もう一つの現象が起きる。ヘリウム原子は水素原子を4個合わせたよりも少しだけ軽い。この質量のわずかな差は膨大なエネルギーとなり、徐々に太陽の表面に移動し、宇宙空間に解き放たれる。そのごく一部が地球に到達し、熱と光をもたらすのだ。

 太陽がエネルギーを生成する能力は想像を絶する。世界中の人間が何十万年もふんだんに消費できる量をたった1秒間で生み出せるのだ。しかも、その仕組みはいとも単純で、人間にも模倣できそうだ。この地球上に小さな太陽を造って、そのパワーを引き出せたらどうなるか? 理論上は、クリーンで安価な電力をほぼ無尽蔵に生み出せる。核融合反応では二酸化炭素は排出されないから、この方式で発電すれば地球温暖化と環境破壊を止められる可能性もある。核融合発電は世界を救う技術になりうるのだ。

 ありえない話のようだが、南フランスの広大な建設サイトではすでに長年、それを実現する試みが進んできた。高度な物理学や工学の知識に支えられ、多様な文化圏の人々が協力して取り組む前代未聞の壮大なプロジェクトだ。予測不可能な要素もはらんでいるが、より良い未来を築く夢が実現するかもしれない。

ITERの高さ60メートルの建屋内で「真空容器セクター・モジュール」と呼ばれる9つのピースのひとつが慎重に据えつけられた。1360トンもの重さがあるこのモジュールは、トカマク(プラズマを閉じ込める巨大な真空容器)を構成する部品となり、オレンジのスライスのように配置される。Video by Massimo Nicolaci

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