35歳のニコール・ティーニー氏の足は鉛のように重く、肺は呼吸するたびに焼けるようだった。50マイル(約80キロメートル)のウルトラマラソンは、最終コーナーにさしかかっていた。彼女は疲れ切っていたが、後続のランナーがすぐ後ろにいるので、ペースを落とすわけにはいかなかった。何しろこれは普通のレースではない。ティーニー氏の後ろを走っているのはヒトではなくウマだった。彼女はウマと競走しているのだ。
彼女にとってこのレースは、不可能とも思えることを成し遂げる5年間におよぶ努力の総仕上げだった。ゴールに近づく頃には「体は勝手に動いていた状態でした」と彼女は言う。「いちど立ち止まったら、再び走り出すのは難しいだろうと分かっていました」
彼女は走り続け、50マイル地点のテープを切った。彼女はやり遂げた。ウマに勝ったのだ。
ウマより速く走ったヒトはティーニー氏が最初ではない(ヒュー・ロブ氏は、ウェールズで毎年開催されているヒト対ウマのマラソン大会で初めて勝利したヒトだ)。だが、ここまでの道のりは平坦ではなかった。(参考記事:「ティラノサウルスから走って逃げることは可能」)
マラソン選手だった彼女は5年前にてんかんと診断され、発作を抑える薬がなかなか見つからずに、競技の第一線から退くことを余儀なくされた。彼女にとって今回のレースは、単に持久力を競うものではなく、自分の体のコントロールを取り戻し、自分の心身の限界に挑むことだった。
そうはいっても、なぜヒトがウマに勝てたのだろうか?





