2024年の秋、TBS系の金曜ドラマとして放送された『ライオンの隠れ家』が、多くの視聴者の心に刺さった。主人公は、市役所で働く真面目で優しい青年、小森洸人(柳楽優弥)。洸人には弟の美路人(みちと)、通称・みっくん(坂東龍汰)がいる。みっくんは自閉スペクトラム症の特性があり、洸人はそんな弟とふたり、静かに寄り添うように暮らしていた。朝は同じ時間に家を出て、夕方は一緒に帰る。みっくんのペースをいつも第一に考えながら、丁寧に日常を積み重ねてきた。だが、ある日“ライオン”と名乗る少年(佐藤大空)が現れたことで、兄弟はある事件に巻き込まれていく。
このドラマのなかで、印象的な存在感を放っていたのが、みっくんが描く数々の絵。実はこれ、福岡に住む画家・太田宏介さんが手がけたもの。彼自身も、みっくんと同じく自閉スペクトラム症の特性がある。この連載では、その宏介さんの兄・太田信介さんの視点から、弟との関係や家族の物語を綴っていく。障がいのある弟と生きるということに、兄として何を感じ、どんな道を歩んできたのか。第1回では、ドラマ『ライオンの隠れ家』から絵の制作のオファーが来たときのエピソードを紹介。第2回では、信介さんが長い間、弟・宏介さんの存在を周りに隠していたことについて語り、その正直な気持ちに多くの反響があった。そして第3回では、弟のことを隠していた信介さんがなぜ一緒に仕事をするようになったのか。そのきっかけや、心の中で起きた変化をお伝えする。
第1回
【前編】自閉スペクトラム症の弟の絵がドラマ『ライオンの隠れ家』に。「TBSと申します」と電話を受けた日の話
【後編】『ライオンの隠れ家』撮影前、坂東龍汰が自閉スペクトラム症の弟のもとに?兄が見た役作りの裏側
弟への見方が変わった出来事
障がいのある弟の存在を隠し続け20数年。「弟のことを説明できない」「弟の存在を話すことで自分がみじめな思いをするのではないか?」「弟のことを馬鹿にされるのが嫌だ!」そんな思いが、弟のことを隠し続けた理由です。
ただ、ずっと隠し続けた私にも28歳頃に転機がやってきました。2002年に福岡市美術館で開催された「ナイーヴな絵画」展で弟の作品2点が、福岡県の新進作家として展示されたのです。この絵画展ではルソー、ピカソ、岡本太郎、山下清などの世界の癒し系の画家の作品を集めた、大規模な絵画展でした。そこで宏介の作品がなんと草間彌生さんの作品の隣に飾られたのです。
私がこの絵画展に行ったとき、草間彌生さんの作品の前には2〜3列にもなる人だかりができていました。しばらくすると、草間彌生さんの作品を見終えた人たちが動き出し、宏介の作品の前で足を止めました。「可愛い」「素敵ね」「福岡の人なんだ」と言いながら、次第に宏介の作品の前にも人が集まりはじめました。その光景を後ろから見ていた私は、「宏介ってすごいな!」「絵を頑張ったんだな」「自分にはない才能があるんだな」と純粋に思えたのです。
宏介が絵を描いていることは母から聞いていましたが、県外の大学に行ってからは実家にもほとんど帰っていなかったので、私はずっと“お絵描き程度”だと思っていました。だからこそ、この美術館での光景には衝撃を受け、宏介に対する見方が変わった転機になる出来事でした。そして「宏介は将来画家になるかもしれない。もしそうなれば、一緒に絵の仕事をしたい」と思いはじめました。