突然ですが、「バイキンって何?」と子供に聞かれたら、あなたは説明できますか?
バイキンとは微生物の中の“細菌”を意味する。微生物には細菌の他にインフルエンザやコロナウイルス感染症などを引き起こすウイルスやカンジダ症や水虫などを引き起こす真菌(カビ)などが含まれる。
ところが、細菌すなわちバイキンは悪い奴ばかりかというとそうでもなく、細菌の中には、腸内細菌のように、私たちの健康に役立つ“いい細菌”もいるのだという。
細菌は敵か味方か!? ウイルスとはどう違うの? 謎は深まる……。
大腸菌は悪くない!?
「細菌というのは生物の一種で、大きさは約1ミクロン(1/1000mm)、形は丸い球菌と細長い桿菌に大別されます。それに対し、ウイルスは細菌の10分の1の大きさで、生きた細胞の中でしか増殖できません」
素朴なギモンに答えてくれたのは微生物学の専門家である、杏林大学の神谷茂名誉教授だ。
「たとえば大腸菌は、約20分で1個の菌が2個に、60分で8個、2時間では64個に増えます」
食品中で増殖すると、1個の大腸菌でも10時間で10億個に増えてしまう。10億個もあれば、それを食べて食中毒になるのもよくわかる。じゃあ、大腸菌は敵ですね、先生?
「いいえ、敵か味方かと一刀両断するのは難しい。なぜなら、通常の大腸菌は、大腸の中では無害なのです。けれども、血流に乗って大腸以外の肺や膀胱などに出現すると、肺炎や膀胱炎などの感染症を引き起こします」
大腸菌でも、状況や場所によって、その働きがヒトにとって悪にも善にも変わるというのだ。どうやら細菌というのは、敵か味方か決めつけるよりも、「味方にして役に立ってもらう作戦」で付き合う方がいいようだ。
100兆個の細菌が、お腹のなかで闘っている
ヒトの腸内には、約100兆個にも及ぶ多様な細菌の「お花畑」がある。これが腸内細菌叢(腸内フローラ)だ。この100兆個の腸内細菌はどこからやってきて、腸の中に棲みついたのか。
神谷教授によると、赤ちゃんはもともと、無菌状態で生まれてくるという。
「出生時、母親の産道を通って外に出てくる時に、常在菌(人の皮膚、口腔内、腸内などに常に存在する菌)や環境中に存在する細菌に触れることで、最初の細菌が体内に取り込まれます。生後2週間頃には雑多な菌が多いものの、その後、母乳や生活環境、食品などからも細菌を継続的に摂取して、ビフィズス菌(嫌気性菌)などが増え、2歳までには大人とほぼ同じ腸内細菌叢が形成されます」
では、これらの腸内細菌はどのようにして私たちの健康に役立つのだろうか?
「腸内細菌の重要な働きは、短鎖脂肪酸(酪酸や酢酸、プロピオン酸など)を作ることです。これらは腸管上皮細胞(腸管の内側の壁を構成する細胞)のエネルギー源となるほか、腸のぜん動運動を促進します。さらに、免疫機能を刺激し、病原菌が腸に付着するのを阻害する働きや、病原菌を攻撃する抗菌物質を産生する作用も持っています」
腸内細菌とその産生物が、病原菌と闘って私たちの健康を守ってくれているのだ。なるほど、細菌が敵か味方か決めるのは難しい。
腸内細菌の“派閥”……意外に重要な「多数派に影響されるタイプ」
おなかの中から私たちの健康に良い働きをしてくれる腸内細菌だが、年齢や状況によってその様相が変化するという。
「高齢になるとビフィズス菌などの良い働きをする菌が減少し、特定の菌(ウェルシュ菌)が増加する傾向があります。
ウェルシュ菌は食中毒の原因となったり、傷口から侵入してガス壊疽(ガス発生をともなう筋肉組織の炎症で死に至ることもある)を引き起こしたりする細菌です。
良い働きをする菌が減って悪い働きの菌が増え、腸内フローラのバランスが乱れた状態を、ディスバイオーシスと言います」
腸内細菌の派閥は大きく三つに分けられる。ヒトの健康に役立つ働きをするグループと、反対に悪い影響を与えるグループ、そして大腸菌のように「多数派に影響されるタイプ」だ。
「多数派になびく菌は、普段はおとなしいのですが、赤ちゃんや妊婦、高齢者、がん患者、糖尿病患者など、免疫機能が低下している人の腸内環境が乱れると、感染症を引き起こすなど腸内で悪い働きをします」
腸内細菌は、多種多様で数はバランスよく。これが理想だ。腸内細菌叢(腸内フローラ)のバランスを保つのをサポートしてくれるのが、「プロバイオティクス」と「プレバイオティクス」。この2つは腸活の非常に大事なキーワードなので、覚えておいてほしい。
プロバイオティクスとは良い働きをする「菌そのもの」を指し、酪酸菌や乳酸菌、ビフィズス菌などがある。プレバイオティクスは良い働きをする菌の「エサとなる成分」で、水溶性食物繊維やオリゴ糖などがある。腸活では、プロバイオティクスとプレバイオティクス、両方を意識して摂取することがとても重要になる。
酪酸を産生して健康に役立つ宮入菌
プロバイオティクスとして最近特に注目されているのが、「酪酸菌」だ。酪酸菌は大腸で、食物繊維を分解して酪酸を産生する。酪酸はからだに良い働きをするビフィズス菌を増やしたり、活動しやすくするように働く。また、制御性T細胞(ノーベル生理学・医学賞受賞の坂口志文さんの研究でも有名になった)を増やして、炎症の抑制や免疫機能の調整にも関わると考えられている。腸内細菌が健康の味方になるように働く、心強いサポーターなのだ。
「酪酸菌(宮入菌)は、大きな特徴として『芽胞』を形成します。これは、細菌が生き残るためのカプセルのようなもので、酸性やアルカリ性の環境、高温、低温などの悪条件下では、芽胞を作って自分の遺伝子をその中に温存する。だから、胃酸によって死滅することなく腸に届き、そこで芽胞を破って栄養型の細菌として増殖するのです。ビフィズス菌や乳酸菌には芽胞がないため胃酸でかなり死んでしまうものも多いですが、酪酸菌(宮入菌)が胃酸をくぐりぬけて生き残るのは、この芽胞形成能力によるものです」
酪酸菌(宮入菌)は、1933年に千葉医科大学の宮入近治博士により、人の糞便から分離した菌が、物を腐敗させる菌の増殖を抑えることを見つけたことから発見された。1940年には当時の厚生省から医薬品として認可され、長年使用されている。
その“宮入菌”が主成分の整腸剤を、ドラッグストア、コンビニ、ネットスーパーなどでも購入できるのが、指定医薬部外品の“強ミヤリサン®(錠)”だ。便秘や軟便などの症状がない人でも、便通を整えたい時に服用できる。
「ただ残念なことに、プロバイオティクスの細菌は人の腸管に定着する性質がないため、服用をやめると効果が薄れる可能性があります。腸内フローラの健全な状態を維持するためには、継続して服用することが大事です」
細菌は、私たちの健康を守る上で、敵にも味方にもなる。健康増進を図るには、腸内細菌を味方につけて、まずはおなかの健康に気を配りたい。
※『強ミヤリサン®(錠)』は整腸薬(整腸(便通を整える)・便秘・軟便・腹部膨満感)として承認された指定医薬部外品です。
Illustrations by Ema Konamida, Photographs by MIKI