全証拠を送検、開示し、被告に有利な証拠の隠蔽を防ぐべきだ 核心評論「滋賀賠償勝訴と福井再審無罪」
元看護助手西山美香さんの再審無罪が確定した滋賀県の湖東記念病院事件を巡り、県警の違法捜査を認め、県に約3100万円の損害賠償を命じた7月17日の大津地裁判決に続き、名古屋高裁金沢支部は翌18日、福井中3殺害事件で服役した前川彰司さんに再審無罪の判決を言い渡した。滋賀県は控訴せず、前川さんの無罪は確定した。ともに誤判・冤罪(えんざい)の原因となった証拠の問題に絞って論じてみる。
▽死因や自白に疑問生じる報告書、供述書を送検せず
湖東記念病院で2003年5月、入院患者の男性が亡くなり、西山さんが人工呼吸器を外したとして、04年7月に殺人容疑で逮捕、起訴された。無実を訴えたが、一審大津地裁は捜査段階の自白などに基づき、懲役12年を言い渡し、最高裁で確定した。西山さんは2度にわたって再審を請求し、第2次の大阪高裁決定で再審開始となり、最高裁も支持。大津地裁が再審無罪の判決を出し、20年4月に確定した。
賠償請求訴訟の提訴は同年12月。大津地裁は今回の判決で、まず被疑者とともに書類や証拠を送検するよう定めた刑事訴訟法の規定や起訴・不起訴は証拠資料によって判断されることなどから、警察官が収集した証拠資料は作成途中のメモや草稿などを除き「全て検察官に送致されることが前提」との判断の枠組みを示した。
その上で検察官に未送致だった、①患者の死因がたん詰まりの可能性もあると書かれた捜査報告書②患者の人工呼吸器の管を故意に抜いたとする西山さんの自白と内容が異なる供述書(西山さんが自ら書いたもの)―は送検する必要があったと指摘。①②の証拠が送検されていた場合、死因や自白に疑問が生じ、西山さんは起訴されなかったと認めた。
県警が①②の証拠を送検しないと判断したのは、基本的人権の保障を全うしつつ真相を明らかにする刑事訴訟法の目的に反し、職務上の義務に背いているとして、同地裁は国家賠償法上違法と結論づけた。県警は再審開始が確定後に①②を送検し、検察官が西山さん側に①②を開示したのは再審公判の段階になってからだった。
袴田巌さんが再審無罪となった事件でも、警察官による取り調べの様子を録音したテープなどが未送致で、第2次再審請求審で提出された。大津地裁が示した判断の枠組み通り、警察は作成途中のメモや草稿などを除き、収集した証拠資料を全て送検する制度を確立すべきだ。そうすれば、今回のように警察が容疑者・被告にとって有利な証拠を隠すことができなくなるし、そもそも起訴・不起訴は検察官が収集したものも含め、全証拠資料で判断するのが本来の在り方だろう。
▽供述の信用性否定する証拠、第2次再審まで隠す
一方、1986年3月19日夜に起きた福井の事件で、前川さんは約1年後に逮捕、起訴された。一審福井地裁判決は自白や物証もなく、前川さんの知人や周辺関係者の「前川さんは被害者宅周辺にいた」「着衣に血を付着させていた」などの証言も信用できないとして無罪とした。ところが、二審名古屋高裁金沢支部判決は一転して、知人や周辺関係者の証言は信用できるとして懲役7年を宣告し、97年11月に最高裁で確定した。
前川さんは服役後に再審請求し、第1次も第2次も高裁金沢支部は再審開始の決定を出したが、第1次は検察官の異議申し立てが認められ、取り消された。第2次は検察官が異議を申し立てず、2024年10月に再審開始が確定し、再審公判に至った。
高裁金沢支部の再審判決では、覚醒剤事件で逮捕された知人が刑の軽減や保釈、留置場での優遇など自己の利益を図るため、前川さんが犯人だとうそを言い、捜査に行き詰まっていた捜査機関が誘導して知人の話に沿う内容を周辺関係者に供述させた疑いがあると認定した。
周辺関係者の男性は「事件当日にテレビの歌番組で、アン・ルイスさんが歌う後ろで吉川晃司さんが腰を振るなどしている場面を見ていたときに電話で呼び出され、前川さんの服の胸辺りに血が付いているのを見た」と供述していたが、担当検察官は一審公判の途中でテレビ局に照会し、その場面は事件当日に放映されていないことを把握しながら、隠蔽(いんぺい)した。
供述の信用性を否定するテレビ局への照会結果は、第2次再審請求審で前川さん側に開示され、高裁金沢支部は再審判決で「公益を代表する検察官としてあるまじき、不誠実で罪深い不正」「率直に言って失望を禁じ得ない」と指摘している。この男性は二審で捜査段階の供述通り証言し、警察官から結婚祝いとして現金5千円をもらっていたことも第2次再審請求審で明らかになった。
▽再審法改正では足りない
湖東記念病院事件、袴田さんの事件、福井中3殺害事件など、誤判・冤罪事件が相次いだことから、元被告側への証拠開示や検察官による不服申し立ての是非などを巡って再審法の改正が論議されている。
ただ福井の事件では、被告にとって有利な証拠が一審の途中から隠蔽され続けた。こうした検察官の「罪深き不正」の再発を防ぐには、再審法改正では足りず、公判の途中に取得したものも含め、通常審で全ての証拠が被告側に開示されるべきだ。公判前整理手続きが行われる事件では、証拠のリストが開示され、証拠が順次開示される制度があるが、それを全ての事件に広げ、しかもリストは証拠の内容が分かるものにすればいい。
警察は全証拠を送検し、検察官は全証拠を開示する制度がなければ、被告にとって有利な証拠がまた隠蔽され、今後も誤判・冤罪事件が繰り返されるに違いない。(共同通信編集委員・竹田昌弘)
(新聞用に7月18日配信、一部加筆)