AIの進化に伴い、かつてない速さであらゆるプロダクトが生み出されている。その効率化を、私たちは「生産性が上がった」と喜んでいる。
だが、日本CTO協会理事の広木大地さんは、「AIのおかげで仕事が2〜3倍程度速くなったと満足しているようでは、より大きな仕事の変化に乗り遅れてしまう」と警鐘を鳴らす。
2025年11月上旬に『AIエージェント 人類と協働する機械』を上梓する広木さんに真意を聞いたところ、AIで劇的な生産性を実現し、価値を生み出す人に共通する仕事術が見えてきた。
   
  
    株式会社レクター代表取締役
一般社団法人日本CTO協会理事
広木大地さん(@hiroki_daichi)
    1983年生まれ。筑波大学大学院を卒業後、2008年に新卒第1期として株式会社ミクシィに入社。同社のアーキテクトとして、技術戦略から組織構築などに携わる。同社メディア開発部長、開発部部長、サービス本部長執行役員を務めた後、2015年退社。現在は、株式会社レクターを創業し、技術と経営をつなぐ技術組織のアドバイザリーとして、多数の会社の経営支援を行っている。著書『エンジニアリング組織論への招待~不確実性に向き合う思考と組織のリファクタング』が第6回ブクログ大賞・ビジネス書部門大賞、翔泳社ITエンジニアに読んでほしい技術書大賞2019・技術書大賞受賞。一般社団法人日本CTO協会理事。朝日新聞社社外CTO。
   
作業の高速化ではなく、プロセスの再設計を
AIの登場によって、ソフトウエア開発の作業は劇的に効率化されました。今やAIにコードを生成させて、その出力を確認するだけで一定の品質の成果物が完成します。人間の役割は「確認して承認する」ことへと縮小しつつあります。
しかし、この構図は非常に危ういものです。なぜなら「AIの成果を承認するだけの存在」に人間がなっているということと同義だからです。
機械のように出力を見続けるだけでは、創造的な仕事からどんどん遠ざかっていきます。「AI疲れ」と言われるバイブコーディングの先にある疲労感は、このような絶え間ない意思決定の繰り返しが原因だと考えています。
  
  
  
  
  
それに、AIを使って「2〜3倍くらい早くなった」と感じる程度の仕事は、いずれ登場する高性能なAIが代替する可能性があります。「AIに指示して出力を確認する」作業を繰り返しているだけでは、競合他社も同じような開発速度になるので、絶対的には速くなっていても相対的には早くなっているわけではありません。
ですから私たちは「どうすれば10〜20倍の生産性向上を実現できるのか」を真剣に考えないといけません。そのためには、自分に与えられている仕事を再定義して、その部分をいかにAIがこなす仕事に置き換えていくかを考える必要があります。
というのも、AIを「今の仕事を効率化するためのツール」として使っている限り、人間の役割は「確認のスピードを競う存在」にしかなりません。そうではなく、「AIに任せられる仕事の範囲を広げる」方向に発想を転換すべきです。
エンジニアは今まで、何らかの課題を解決するためにソフトウエアを作ってきました。けれども、これからの時代に求められるのは「課題を解決するためのソフトウエア」ではなく、「課題解決という行為そのものを自動化するソフトウエア」です。
「バグを検知するツール」や「テストを効率化する仕組み」を作ることは、もはや人が生み出す価値ではなくなりつつあります。今後は「どうすればバグが発生しない構造を設計できるか」をAIが自ら考えられるようにする仕組みを改善していく方向に進むでしょう。
AIの処理対象を「本質的複雑性」まで広げていく
AIを使っても生産性が2〜3倍で止まってしまう人と、10〜20倍まで伸ばせる人。その違いは第一に「仕事の粒度」、つまり「どの大きさで仕事を設計しているか」にあります。
多くの人は、「このAPIを作る」「この画面を実装する」といったタスク単位で仕事を切り出し、その一つ一つを早く終えることで効率化を図ります。これも確かに生産性の向上ではありますが、同じ粒度の作業を同じ構造のまま速くこなしているだけで、本質的な変化はありません。
一方で、10〜20倍の成果を出している人は、「一つのタスクを早く終える」ことではなく、「複数のタスクを一度に処理できる仕組み」を設計しています。つまり、仕事の粒度を上げ、AIが自動的に進められる範囲を広げているのです。
ここで鍵となるのが、対象を「本質的複雑性」と「偶有的複雑性」に分けることです。
| 本質的複雑性 (Essential Complexity)
 | 解決すべき問題そのものに内在する複雑性 | 
| 偶有的複雑性 (Accidental Complexity)
 | ソフトウエアの実装や使用する手段によって生まれる複雑性 | 
 
生産性を大きく伸ばす人は仕事をこの二つに明確に分け、偶有的な部分をAIに並列処理させています。人間は、本質的な構造設計に集中する。これが、生産性の質を変える発想です。
なお、設計力の高さがないとAIに並列化した指示は出せません。こういったテックリード的な地力が大きな差を生み出します。
  
  
  
  
  
ただし、これだけでも生産性はせいぜい5倍程度にとどまります。ソフトウエア開発を例にすれば、全体の工数の約80%が偶有的な作業だとしても、それをAIで高速化しても限界がある。
10~20倍の生産性を目指すには残りの20%、これまで本質的複雑性として手をつけてこれなかった「何を作るべきか」を含めた「顧客の課題発見」「要件定義」「意思統一」といった、知識創造のプロセス自体をAIの処理対象に含めていく必要があります。
これは言い換えれば、AIを使ってソフトウエア開発をするのではなく、エンジアリングプロセス自体をソフトウエアにしていくことが求められるということ。僕も含めてソフトウエアエンジニアは、この点をアンラーニングしていく必要がある。今までと同じ発想で問題を解いていてはいけないと考えています。
AIエージェント活用の本質は「作業を速くすること」ではなく、「仕事の粒度を上げ、課題解決のプロセスそのものを再設計し、それ自体をソフトウエア化する」ことです。
私たちは、問題の解き方を明確化し、実際に問題を解く部分はAIエージェントに委ねるといった仕事のアーキテクチャへ移行する必要があるのです。これは、全ての人がAIエージェントのマネジャーになるんだという本書の趣旨でもあります。
暗黙知を燃料に、知識を生み出し続ける構造を生み出す
要件定義や設計を自動化できるようになると、次に問われるのは「そもそも何を作るのか」という企画の段階です。ここでは、顧客の課題、市場の動き、競合の戦略、自社の強みといった、数値化しにくい情報が鍵を握ります。
私たちはそれらを直感的に統合し、課題を整理し、解決策を考えてきました。この非構造的な知識の集合こそが「暗黙知」です。
従来、暗黙知は人間にしか扱えないとされてきました。しかし、AIが顧客の声を分析し、発言の背後にある意図を読み取り、課題の因果関係を整理し、インサイトを抽出できるようになれば、人間は最終的な判断と評価に集中できるようになります。
  
  
  
  
  
最終的に私たちの生産性を駆動するエネルギー源は、この外部・内部に眠る暗黙知そのものです。人間はAIに学習させる「燃料」を提供し、AIはそれを再構成して人間に「新しい知見」として返す。
この循環が回り続けることで、組織全体が学習する装置のように進化していきます。組織として暗黙知を吸収・変換し、そこから知見を抽出して新しい価値を生み出す仕組みを作らなければ、生産性の向上は頭打ちになります。
AI時代、プロダクトそのものは価値を失っていく。「知の循環構造」を設計することが、AI時代のものづくりの本質です。
取材・文/今中康達(編集部)
『AIエージェント 人類と協働する機械』(リックテレコム)
  
  
  
  
  
◆◆AIエージェントと共存、協働していくための必読本◆◆
プログラミングの終わりと新しいエンジニアリングの始まりと言える今、「人類と協働する機械」、AIエージェントをどう捉えて共存していくかを問います。
本書で扱う核心的問いとして次の3つが挙げられます。
「AIによって仕事は奪われるのか」
「AI時代の生産性をどう考えるべきか」
「AI時代に何を作ることが価値になるのか」
前著『エンジニアリング組織論への招待』がブクログ・ビジネス書大賞、翔泳社技術書大賞を受賞した著者と共に本書を通じてAIエージェントの今後を見通します。
  
  著者:広木大地
出版社:リックテレコム
定価:2,750円(税込)
ISBN:978-4-86594-458-7
発行形態:単行本
2025年11月上旬刊行
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