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クラウド・ディバイス --- 日本の選択 3年後、日本は米国を追い越せるのか

タブレットの展示(インテル・ブース)

 年頭恒例の国際家電ショー(CES)が、今年もラスベガスで開催された。2010年最大のヒット・ディバイスであるiPadを追って、CESでは各社がタブレット・モデルを展示した。「タブレット元年」との前評判通り、デルやHPなどが顔をそろえ、その展示数は30機種を越えているだろう。

 日本勢ではソニーや東芝などが顔をそろえ、NECはグーグルのモバイルOS"Android"を使ったダブル・スクリーンのタブレットを展示した。

 タブレット元年は、クラウド・ディバイス時代の幕開けでもある。日本は、過去4年に渡って米国勢にクラウド・ビジネスで席巻されてきた。しかし、モバイル・ブロードバンドと家電が融合する"クラウド・ディバイス"となれば、日本の出番到来だ。

 しかし、強敵韓国を筆頭に台湾や中国勢が狙う同市場で、果たして日本は生き残ることができるのだろうか。今回から数回にわたって、クラウド・ディバイス戦略を紹介しながら、日本の取るべき選択を考えてゆこう。

3年後のクラウド・ディバイス時代を目指せ

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 最近、私はクラウド・イノベーションという言葉をよく使っている。2007年に始まった同ブームが熱気をはらむにつれ、アメリカでも日本でも様々なIT企業が先を争ってクラウドを自称するようになっている。

 マルチメディアも同じだったが、誰もがブームにあやかろうと我田引水に走り、結局「何の事やらわからない」状況にいたる。クラウドも、そうした傾向が現れている。

 しかし、クラウドはインターネット同様、長期的な技術革新を促すだろう。データ通信から生まれたインターネットが通信業界の基盤となり、いまや放送、出版、音楽といった様々なメディア業界を大きく変えようとしている。クラウドはポスト・インターネットの波として、これから10年ほど技術革新を引っ張ってゆくことになるだろう。

 私がクラウド・コンピューティングという言葉を嫌い、クラウド・イノベーションを好むのは、こうした技術革新の余韻を持たせたいからだ。たぶん、後世の歴史家はインターネットからクラウドへと進む過程を、電気や自動車による産業革命と同列に論じるかもしれない。

 では、クラウドはどのように進化してゆくのだろうか。私は、データセンターからネットワーク、そしてディバイスへと波及し、最後にサービスに至る4段階進化説を唱えている。

第1段階:クラウド・コンピューティング時代

第2段階:クラウド・ネットワーク時代

第3段階:クラウド・ディバイス時代

第4段階:クラウド・サービス時代

 第1段階の現在、日本はクラウドで米国に遅れをとっている。しかし、第2段階のモバイル・ブロードバンドや第3段階のクラウド・ディバイス時代になれば、日本の強みが生かせ、米国をクラウド・イノベーションで追い越すことも可能だ。もちろん、クラウド・ディバイス時代の到来は早くて3年後だが、今から本格的な準備が必要になる。

過去4年は、米国勢が世界を席巻

 まず、現状分析、つまり第1段階のクラウド・コンピューティング時代をざっと押さえてみよう。

 2007年頃からIBMやアマゾン、グーグルなどが提唱したクラウドは"パソコンにおける技術革新"を狙っていた。それは、当時流行った次のようなクラウド定義に象徴されている。

< ソフトウェアのインストールやパッチワーク、データ・バックアップやセキュリティーの管理といった複雑なパソコンの操作は雲の向こうにあるデータセンターの専門家に任せ、ユーザーは好きなときに好きなアプリケーションをネットワーク経由で利用すればよい。クラウド・コンピューティングは、貴方をパソコンの呪縛から解放してくれる・・・。 >

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 実際、過去3年から4年の動きを見ると、クラウド関連の技術革新はデータセンターとウェブ・アプリケーションに集中している。これがクラウド・コンピューティング時代の特徴だ。

 やや専門的で申し訳ないが、データセンターでは仮想化技術と効率的な運用ツールが発達した。仮想化とは、たとえば巨大なサーバーや記憶装置を、必要に応じて、必要な時に、必要な数の小さなサーバーやストレージに分割して利用する---といった技術だ。

 これを使えばユーザーは必要な時に、必要な量だけ、ネットワーク経由でIT資源を利用できる。料理であれば、従来の企業コンピュータ・システムは定食や会席料理にあたる。最低の量と値段が決まっていて、おなかが空いていなくても決まった量を注文しなければならない。

 一方、クラウド・コンピューティングは飲茶のような形式で、必要なものを必要なだけ食べて、食べた分だけ料金を支払う。

 また、アプリケーションでは、SaaS(サーズ)やPaaS(パーズ)と呼ばれるクラウド・アプリケーションが発達した。これは遠く離れた場所にデータセンターがあっても、サクサクと動き、しかも大量のユーザーや企業が同時に利用できるアプリケーションやそれを開発・管理するためのプラットフォームだ。

 従来のアプリケーションは、生鮮食品のようなもので、長距離輸送をすると傷んでしまう。一方、クラウド・アプリケーションは長期輸送に耐えられるように事前加工を施している。

 このクラウド・コンピューティング分野では、巨大なソフトウェア業界と大量の開発者を抱える米国が世界をリードしてきた。

今年はクラウド・ネットワークの黎明期

 一方、日本もアメリカも、今年から第2段階のクラウド・ネットワーク時代に足を踏み入れた。これはWiMAXやLTEと呼ばれる高速モバイル・ネットワークの整備が本格化しているからだ。

ベライゾン・コミュニケーションズのイワン・サイデンバーグ会長

 冒頭に紹介した国際家電ショーでも、この流れは明確だ。初日の基調講演にたったベライゾン・コミュニケーションズのイワン・サイデンバーグ会長は、昨年末38都市で開始したモバイル・ブロードバンドのLTEを同社の重要戦略と位置づけた。

 これから3年掛けて、同社はLTEネットワークを全米に展開する。そうなれば、全米各地でメガビット・クラスのモバイル・ブロードバンドが実現する。

 競争相手のAT&Tも今年末までLTEの商業トライアルを展開し、来年には本格的な整備を開始する。また、米携帯電話業界3位のスプリント・ネクステル社は、WiMAX広域事業者のクリアワイヤー社と提携し、高速モバイル・サービスを展開している。

 一方、日本でも昨年末、NTTドコモが東名阪でLTEサービスを開始した。また、UQ/KDDI陣営はWiMAXサービスを展開している。このようにネットワークの次世代化だけを見ると、日本とアメリカの差はまったくない。

 しかし、日本の課題はここからだ。

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 LTEやWiMAXは巨大な投資を必要とするため、従来のような携帯電話だけに頼っては、投資回収が難しい。そこでタブレットやノートブック、テレビやカメラ、自動車や自動販売機などあらゆる機器をLTEやWiMAXネットワークに繋ごうと、米国の電話会社は考えている。

 たとえば、ベライゾン・ワイヤレスは今年、アプリケーション・イノベーション・センターをサンフランシスコに、LTEイノベーション・センターをマサチューセッツ州ウォルサムに設置する。前者はアプリケーション開発の促進、後者はLTEディバイスの開発促進を狙っている。

 また、ニュージャージー州バスキング・リッジにLTE用のベンチャー・キャピタルを設立して、モバイル・ブロードバンド・ベンチャーの支援にも乗り出した。

 一方、AT&Tも、イノベーション・センターの設置を進めるほか、個別業界向けのモバイル・アプリケーション開発にも力をいれている。

 たとえば、同社は2010年秋に 健康医療(ForHealth)部門を設立、病院や大学と共同で、患者の足底圧を無線で監視する『Smart Slipper』などを開発している。これは圧力により歩行状態を認識し、患者が倒れると医療関係者や介護士に通知して対応するモバイル・ディバイスだ。

 このように米国はLTEやWiMAX整備に合わせてアプリケーションやディバイス開発に資金と人を投入している。ところが、同じように次世代モバイル・ブロードバンド整備に乗り出した日本で、こうした動きは見られない。

 公式には口にしないが、各通信事業者は「ネットワークの整備コストが増えると困る」ため、アプリケーションやディバイス開発に力を入れようとしていない。

 これではクラウドと家電の融合を目指すクラウド・ディバイス競争は、出だしで負けてしまうことになるだろう。

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◇◇◇

 とはいえ、クラウド・ディバイスの前提となるモバイル・ブロードバンド整備は日米で動き出した。これから3年ほど経てば、主要都市でクラウド・ディバイスを利用できる環境が整ってゆくだろう。

 では、クラウド・ディバイスとは、いったいどのようなものだろうか。次回はグーグル社のクラウド・ディバイス戦略を分析しながら、その姿を追ってみたい。

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