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Photo: Westend61 / Getty Images

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サンデー・タイムズ・マガジン(英国)

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Text by Will Lloyd

英「サンデー・タイムズ」の記者ウィル・ロイドは、10年間で8280時間を読書に費やし、悟った。「時間の無駄だった」と。

人は本を読めなくなっている。だが、「それが何だというのか」と彼は問う。読んだ本の内容は歳をとるにつれて忘れてゆき、読書が好きだからといって共感力が高まるわけでもない。文明が崩壊しようが、真理を見失おうが、人は「読む」ことを捨て、即時的な「楽しさ」を追求してしまうのだろうか……?

皆さんのお子さんは、おそらくもう本など読めなくなっていることでしょう──これは私の見解ではない。オックスフォード大学の英文学教授ジョナサン・ベイト卿の言葉だ。

数十年間にわたって、本好きのティーンエイジャーたちにチャールズ・ディケンズの『荒涼館』を課題図書として読ませてきた彼は、最近になってあることに気がついた。「多くの学生は、1週間に小説を3冊読むどころか、3週間かけても1冊も読み通せない」

もしオックスフォードの学生でさえ、ディケンズを読み終えることができないとすれば、一般人である私やあなたにどんな希望があるというのか? あなたは自分の両親、あるいは祖父母より多くの本を読んできただろうか? たぶん読んでいないだろう。私は、もしかすると彼らより多く読んでいるかもしれない。

つい先日、私は、自分が読んだ本の10年間分のリストがあることに気づいた。年ごとに本の題名と著者名が並び、読んだ順に一覧になっている。それは、私の人生でもっとも一貫した一本の「線」であり、ほかのあらゆる活動を切り裂くノコギリの刃のようなものだ。もしも明日、私が井戸に落ちたなら、これが私があとに残す記録だ。「2014年から2024年の間に、ウィル・ロイドは828冊の本を読んだ」

しかし、いったいなぜそんなことをしたのか。私はAIチャットボットに(本ではない)、次の恐るべき事実を教わった──300ページの小説を読むのにかかる時間は約10時間だ。なお、フランス語会話の習得に必要とされる時間は600時間、乗馬の基本を身につけるためには2000時間、人をひき殺さずに車を運転する試験に合格するには、わずか70時間……。

にもかかわらず、私は10年で8280時間を読書に費やしたのだ。この人間離れした意志力を仮想通貨の取り引きに注いでいれば、いまごろ私は億万長者になっていただろう。あるいはジムに通うこともできたはずだ。

あんなに何冊ものD・H・ロレンスの小説を読むより、明らかに運転免許を取るべきだった。気の毒だが、ロレンスは基本的には妻に浮気されたサイコパスで、ついでに自然詩を書いていたような男だからだ。


本が読めないからって、何?


この約8000時間は、「自慢」と誤解されるかもしれない。だが、そもそも何を自慢するというのか。ゴルフのPGAマスターズ・トーナメントのようなものが読書家向けにあるわけでもない。パブで誰かと「もっとミラン・クンデラを読めよ」と言い合うようなこともしない。書物から学ぶうえで肝心なのは、学ぼうとしていることを(見せびらかすのではなく)うまく隠す点にある。

文学部の学生が、あるいはそれより若い中高生たちが本を読めなかったとして、それでどんな損をするというのか。私には、確たることが言えない。

たとえば私は、ロベルト・ムージルの傑作『特性のない男』から何を得ただろう。この作品はムージル本人にも、たいしたものをもたらさなかった。話の筋がはっきりしない、1000ページを超える苛立たしい小説をどう終わらせるべきか、彼は最後まで答えが出せなかった。1942年のある日、ムージルは心臓発作を起こした(註:脳卒中という説もある)。彼はすでに20年以上、『特性のない男』を書き続けていた。

ムージルは人生を台無しにしたあげく、ついには読書と執筆によって死に追いやられた。本を完成させようとするより、ただ死ぬほうが彼にとっては理にかなっていたのだ。『特性のない男』を読み終えるのに私は7ヵ月を要した。それも、切実な思いで新鮮な空気と太陽を求めて休憩を入れながら。なのに、その内容を一つも思い出せない。

暗い真実はこうだ──7ヵ月間、TikTokで犬のオナラ動画を見ていたほうが、よほど楽しかっただろう。

「読書において、読んだ本の内容を覚えているかどうかは重要ではない」という考え方もあるかもしれない。それはあまりに功利主義的だから、と。では、一人で思考する楽しみはどうか。危険な領域を、未知の領域を思考が彷徨う……まあ、そういうこともあるにはあるかもしれない。

だが、本を読んで過ごしたこの8000時間は、何よりも「読書」という行為そのものについて教えてくれた。
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