エレベーターや立体駐車場からオペレーターが消える?人手不足の裏で進むDX革命
●この記事のポイント
・エレベーターや立体駐車場の保守現場で人手不足が深刻化。NEC・日立・三菱電機がDXやAIを活用し、省人化と安全性向上を両立。
・NECは無人運営の立体駐車場を実証、日立はNVIDIA技術で保守効率を倍増、三菱電機は地震後復旧を自動化するなどDXが加速。
・「機械設備保守×DX」市場は2030年に6000億円規模へ。AIとクラウドが“止まらない都市”を支える新たな社会インフラを形成。
いま、日本各地のビル、マンション、商業施設で、ひそかに危機が進行している。立体駐車場やエレベーター、空調や給排水など、都市インフラを支える「機械設備」の保守・点検を担う人手が急速に減っているのだ。
たとえば機械式立体駐車場。全国で約60万台規模の装置が稼働しているが、運営主体の多くは中小事業者だ。常駐オペレーターの確保が難しく、故障や誤作動の際に現場対応できる人材が不足している。「駐車場が動かない」「復旧まで数時間」――そんな事例が増えつつある。
エレベーター業界も例外ではない。国土交通省によると、日本国内のエレベーター設置台数は2024年時点で約120万基に達し、年3〜4%ペースで増加している。一方で、保守・点検を担う技術者の数は減少傾向だ。特に地方では、定期点検のスケジュールが組めないケースも出ており、「安全性を維持できるか」が喫緊の課題となっている。
こうした“人の限界”を補うべく、設備保守の世界で急速に進んでいるのがDX(デジタルトランスフォーメーション)である。AI・画像認識・IoTなどを駆使し、点検・監視・運転を遠隔や自動で行う取り組みが広がっている。
●目次
NEC:立体駐車場を「無人化」する実証
NECは2025年12月から、都内の立体駐車場で画期的な実証を始める。パートナーとなる駐車場メーカーと協業し、AI画像認識を活用した無人運営システムを開発中だ。
従来は入庫・出庫のたびに人が操作盤で監視し、万一のトラブルには現場介入が必要だった。しかし新システムでは、カメラ映像から車両の動きをリアルタイム解析し、異常を自動検知。操作案内から緊急停止までをクラウド側のAIが判断し、オペレーターは遠隔から複数拠点をモニタリングするだけで済む。
NECはすでに、駅や商業施設などで防犯カメラを活用した人流解析・安全管理システムを展開しており、その延長線上で立体駐車場領域に進出したかたちだ。都市の“縁の下”で進む無人化は、社会の安全と省人化を両立する新たなモデルとなりうる。
日立製作所:NVIDIA技術で「半分の人員」で保守
日立製作所もまた、DXによる保守効率化に力を入れている。特に注目されるのが、NVIDIAのAIプラットフォームを活用した点検支援システムだ。
設備機器の稼働音や振動データをセンサーで取得し、クラウド上のAIモデルが「異常の兆候」を自動的に検出。これまで熟練作業員の経験に頼っていた診断工程を自動化することで、必要な作業人員を約2分の1に削減するという。
この取り組みは、日立の「Lumada(ルマーダ)」と呼ばれる産業DX基盤の一環でもある。膨大な設備データを解析し、異常予兆・保守計画・部品調達をすべて統合的に管理することで、工場やビル設備の稼働率を最大化する。AI企業との協業により、保守・メンテナンス領域の“省人化産業”がいよいよ現実のものとなりつつある。
三菱電機:地震後の復旧を自動化
三菱電機もDXによる保守自動化で先行する。特に注目されているのが、地震発生後のエレベーター運転再開プロセスの自動化だ。
これまでは地震で停止したエレベーターを、技術者が一基ずつ訪問して安全を確認し、再稼働の判断をしていた。そのため都市部では「再開までに数日」かかることもあった。
しかし新システムでは、加速度センサーやAI解析を組み合わせ、建物ごとに安全性を自動評価。問題がないと判断されたエレベーターは、遠隔から即時に運転再開できる。これにより、復旧時間を数分の1に短縮する見込みだ。
この技術は、将来的に地震国・日本のインフラレジリエンスを高める重要なピースとなる。大規模災害後の「人が動けない時間」をAIが埋める――そんな新たな保守体制が見え始めた。
市場が広がる「機械設備保守×DX」
「こうした技術潮流の背景には、単なる人手不足だけでなく、社会全体の構造変化があります。国土交通省によると、日本の建築物の平均築年数は30年を超え、老朽化が進行しています。メンテナンスコストが急増する一方で、技術者の高齢化も進んでいます。
さらに、企業側には『安全性の確保』と『コスト最適化』という二律背反のプレッシャーがのしかかります。結果として、デジタルによる“見える化”“予兆検知”“遠隔監視”の需要が急速に高まっているのです」(ITジャーナリスト・小平貴裕氏)
民間調査によると、国内の設備保守DX市場は2024年の約2500億円から、2030年には6000億円規模に達する見込み。IoTセンサーやクラウド解析、画像認識AI、ドローン点検、ロボティクスなど周辺技術も含めると、裾野はさらに広がる。
一方で、課題も残る。多くの立体駐車場や中小ビルの保守は、地域の中小事業者が担っており、DX投資の負担が重い。
「センサー設置やクラウド利用料など初期コストが大きく、IT人材の確保も難しいのが現状です。このため、NECや日立など大手による『サブスクリプション型DX支援』や『共同保守プラットフォーム』への期待が高まっています。
たとえば日立は、保守データを匿名化して共有し、複数企業が共同でAIモデルを改善する仕組みを構想中です。こうした“共同学習”モデルが進めば、中小企業でもAI保守の恩恵を受けられるようになるでしょう」(同)
安全と効率、そして「信頼」の再構築へ
DX化が進むとはいえ、機械設備の保守は「命を預かる仕事」だ。AIが異常を検知しても、最後の判断を下すのは人間であり、トラブル対応時には現場対応が不可欠だ。
その意味で、DXは人を排除する技術ではなく、人を支える技術として位置づけられるべきだろう。
「DXの目的は“無人化”ではなく、“安全性と信頼性を維持しながら省人化すること”。人の経験をデジタルに置き換えるのではなく、デジタルで補完するという視点が必要です」(同)
機械設備保守の現場は、これまで日の当たらない領域だった。だが今、DXによって「安全を支える裏方の仕事」が産業の主役に浮上しつつある。
AI、センサー、クラウドという“目に見えない技術”が、都市の安心と持続性を支える時代が、すぐそこまで来ている。
“機械設備保守×DX”の波は、目立たぬが確実に産業の構造を変えつつある。製造業や建設業が人手不足で苦しむ中、この分野の技術開発は「労働力の代替」ではなく、「安全と生産性の両立」を実現する挑戦だ。
エレベーター、立体駐車場、工場設備、インフラ点検――どの領域でも共通するキーワードは「自律・予兆・遠隔」。これらが融合したとき、都市の“静かな変革”が始まる。
人が減っても止まらない社会。その鍵を握るのは、表舞台ではなく、裏方の技術だ。DXの本当の価値は、派手な生成AIではなく、こうした「社会の維持装置」を支える地道な革新の中にある。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)










