将棋の第91期棋聖戦第4局で、高校生棋士の藤井聡太七段が渡辺明棋聖(36)に勝ち、史上最年少で初タイトルの棋聖を獲得した。「彼は、将棋界に神さまがくれた『ギフト』かもしれない」。同業の棋士にそこまで言わせる天分を、ひた向きな努力で開花させ、17歳のタイトル保持者の誕生である。数々の新記録を打ち立ててきた強さの秘密はどこにあるのか。棋士たちの言葉から分析する。(文化部・樋口薫)
◆「何が起きたのか分からないほどの強さ」
冒頭の発言の主はベテランの高野秀行六段(48)。棋聖戦第2局での藤井七段の完勝ぶりに「これでタイトルを取れない方がおかしい」と腰を抜かした。「私の常識では評価できない。何が起きたのか分からないほどの強さだった」
序盤、藤井棋聖が桂取りに金を上がる新手を放ち、悪形とされる「玉飛接近」の陣形から攻撃を仕掛けた。高野六段には「将棋を始めたばかりの子がやりそうな手」とすら映ったが、実は計算ずくの研究手順だった。中盤では一転、攻めに使うと思われた銀を、守備駒として自陣に打ちつけた。多くの棋士の意表を突いたこの手は、最新のAIが6億手を読み、ようやく最善と判断した「AI超え」の妙手として話題になった。
終盤の仕留め方も鮮烈だった。「まるで作ったかのように、痺れる手筋が次々と飛び出した。真剣勝負で、しかも最強の棋士を相手に、あんな将棋は見たことがない」と高野六段は脱帽する。「いくら藤井さんでも、何年かに1回の出来であってほしい。これが標準だとしたら、勝てる棋士がいないだろう」
◆「コロナ禍で休みとなった2カ月、貴重な時間だったはず」
新型コロナウイルスの緊急事態宣言で、藤井棋聖は5月末までの約2カ月、対局中断を余儀なくされた。しかし再開後の成績は際立っている。6月以降、16局を指す過密日程ながら、成績は実に14勝2敗。倒した相手も圧巻でA級棋士、タイトル保持者がずらりと並ぶ。内容も充実しており、さらに一段階“覚醒”した感がある。
同じく中学生棋士としてデビューし、棋士と高校生活を両立させた谷川浩司九段(58)は「学校があると将棋に専念できる期間が短くなる。コロナ禍で休みとなった2カ月は、藤井さんにとって貴重な時間だったはず」と推測する。
◆驚くほど異なる、藤井の強さへの見解
トップ棋士たちに藤井棋聖の強みを聞くと、驚くほどに見解が異なる。その点が、藤井将棋の規格外ぶりを示しているともいえる。例えば、王位戦7番勝負(東京新聞主催)で挑戦を受けている木村一基王位(47)は「藤井さんの将棋には、常に序盤で新しい工夫がある。普通の棋士なら1回や2回で弾切れになるところを、次々と撃ち続けているのが彼のすごさ。研究量と発想力の両方が備わっている」と、その序盤力に着目する。
藤井棋聖が更新するまで、タイトル挑戦と獲得の最年少記録を保持していた屋敷伸之九段(48)は「受けの強さがベースにあるのでは」と指摘する。「しっかりと受けてから、少しずつポイントを稼ぐように攻める。形勢が良くなっても、とにかく勝ちを急がない丁寧さが印象的」
◆「エンジンが違う」「局面の認識能力」
攻めの鋭さを挙げたのは、今月6日に順位戦B級2組の対局で初対戦した橋本崇載八段(37)だ。中盤、まだ勝負はこれからという場面で一気の攻めを食らい、終局後に「積んでいるエンジンが違う」と感嘆した。「こっちがとぼとぼ歩いている間に一瞬で抜き去られたような感じ。スピードがすごかった」とのコメントに実感がこもる。
谷川九段は、その強みを「局面の認識能力」と表現する。「中盤の混沌とした局面において、本質や急所をできるだけ短い時間で、直観的に見極める力が非常に高い」。詰め将棋を解く能力がずばぬけており、終盤力が取り沙汰されることの多い藤井棋聖だが「最近は中盤の能力が急速に伸びたように感じる」。
◆羽生善治九段も絶賛
では、この30年の将棋界を牽引してきた羽生善治九段(49)はどうみるか。2月に両者は王位戦リーグで対戦し、藤井七段が勝っている。感想を尋ねると「序盤...
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