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  インタビュー

FinOpsをオンプレミスも含めてより包括的に考えるTBM Councilのエグゼクティブディレクターにインタビュー

2025年10月28日(火)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
FinOpsをオンプレミスも含めてより包括的に考えるTBM Councilのエグゼクティブディレクターにインタビューを実施した。

The Linux Foundation(LF)配下のFinOps Foundationは、クラウドを最適に使うためのフレームワークを考案し、3大パブリッククラウドベンダーからの賛同を得て規模を拡大している非営利の団体だ。2016年に設立されたFinOps Foundationは、2020年にはLFのプロジェクトとして組み込まれた。FinOps Foundationがパブリッククラウドからスタートして今後はSaaSやオンプレミスのサーバーについてもカバレージを拡げようとしている。

一方IBMが買収したApptioもIBMの顧客である多くのエンタープライズ企業を巻き込んで、より包括的にコストの最適化を目指している。IBMはこの考え方を製品化してビジネスを拡大していたApptioを、2023年8月に4.6億ドルで買収した。ApptioはTechnology Business Management(TBM)という名称でソリューションを提供し、その推進団体として設立されたTBM Councilもその名称を使って命名されている。FinOpsがLF配下でオープンなスタンダードとフレームワークをクラウドプロバイダーと始めたのに対し、ApptioはTBMの名の元に2012年からTBM Councilを活動させている。つまりFinOpsが始まる前からApptio/IBMはIT資産のコスト最適化について積極的に活動していたということになる。

今回、TBM Council主催のセミナーのために来日したTBM CouncilのエグゼクティブディレクターMatthew Guarini氏にインタビューを行った。セミナー当日で準備に忙しい会場脇の会議室でインタビューに応えたGuarini氏は、短い時間ではあったものの、FinOpsとの違い、TBM Councilの運営についてなどの質問に答えてくれた。

インタビューに応じたMatthew Guarini氏

インタビューに応じたMatthew Guarini氏

最初に自己紹介をお願いします。

Guarini:私の最初のキャリアはエンジニアとして原子力の仕事をしていました。そう、爆弾ではなく悪くないほうの原子力です(笑)。それからマッキンゼーで仕事をしてから、インドのInfosysに移ってそこでエネルギー関連の案件に携わっていました。その頃からCEOやCIOなどと一緒に仕事をすることが多くなり、彼らの発想をよく知ることになりました。次に調査会社のフォレスターに移って、そこでもCIO/CTOなどと一緒にどうやったらテクノロジーを企業に組み込めるのか? という実践的なコンサルティングをやっていました。フォレスターにいた時にTBM Councilのカンファレンスがバンクーバーで開催され、そこにキーノートスピーカーとして参加していたんですが、ApptioのCEOが一緒にランチを食べようと誘ってくれたのが結果的にTBM Councilのエグゼクティブディレクターとしての最初の面接になりました。私も最初は冗談かと思っていたんですが、そこでTBM Councilのエグゼクティブディレクターとしてリクルートされたわけです。それから今の仕事をしています。

LFがFinOps Foundationを配下にしたことで私が参加するカンファレンスでもFinOpsに接することが多くなりました。ですので私個人は大分FinOpsに毒されていると思いますので、その違いを教えてください。

Guarini:ではわかりやすいところから説明しましょう。ある調査会社のレポートでは2025年の全世界での企業におけるIT支出の約13%だけがパブリッククラウドに使われているという結果になっていると言います。つまり全体の支出金額5.74兆ドルそのうち13%の7230億ドルだけがパブリッククラウドに使われているわけです。つまり企業が支出しているIT関連の予算のたった13%だけなんです。その13%を最適化することに意味がないとは言いませんが、他の87%についてはどうするんだ? という疑問が沸きますよね? TBMは包括的にすべてのコストを対象にして企業の活動を助けようとしています。そこが大きな違いですね。

FinOps Foundationとも協力していますから、私はJR Storment(FinOps Foundationのエグゼクティブディレクター)のこともよく知っていますし、彼らはSaaSやオンプレミスのシステムについてもそのカバレージを拡げようとしているのは知っています。でもすでにTBMがITシステム全体をカバーしてコストの最適化をやっているのに、どうして繰り返さないといけないのか? ということを最初にコメントしておきましょう。

もうひとつはTBM Councilは敢えて「IT資産」という言い方をしていないということですね。テクノロジービジネスマネージメントということでITには、単にソフトウェアのライセンス費だけではなく多くの付随するコストが発生します。それらを無視することはビジネスを管理するCEOにとってはおかしな話ですよね。ライセンス以外にもコストがかかっているのにそれを無視するのはナンセンスです。そういう意味でTBM Councilでは「テクノロジー」という単語を使ってすべての要因を網羅することを目指しています。

FinOpsがクラウドサービスのコストだけを対象にしているのと対照的にTBMはビジネス全体にかかるコストを対象にしていると。

Guarini:そうです。実際にTBMではFinOpsだけではなくNISTやITFMなどのフレームワークと連携することで、テクノロジーのすべての分野を網羅することを実施しているわけです。別の観点からお話ししましょう。TBMのメンバーにマスターカードがいますが、彼らはこれまでクラウドに実装していたシステムをオンプレミスのデータセンターに戻そうとしています。リフト&シフト(オンプレミスからクラウドへの移行の手法の一つ)の反対の流れです。これが実際に起きているわけです。特に最近の生成AIにおいても同じ傾向が見られます。クラウドに載せられない企業が持つデータを使って推論をやりたい場合、パブリックなクラウドサービスを使うことは選択できません。こういう流れの中でTBMはクラウド、オンプレミスのデータセンターなども包括的に扱うわけです。さらにTBMが得意なエリアに人的コストがあります。データセンターにかかる大きなコストは電力だけではなく、それに係わる人的工数もあり、それを無視するわけにはいきません。労力をコスト分析の中に取り込むのはTBMが得意な領域なのです。

またTBM Councilはフレームワークから始まっているのではなく、ディシプリン(規律)からスタートしていることも違いですね。多くの組織はすぐにプラクティス(実践)が重要だと言いますが、まずはテクノロジーとビジネスを包括的に見るための規律や順序を作るところから始まって、タクソノミー(分類)を作ることでさまざまな役割に合わせた見方を用意します。そのうえでフレームワークを使って結果を出すというやり方です。

TBM Councilについて質問します。いわゆる非営利団体がオープンなテクノロジーを中心にしてメンバーを募り、運営していくというのはよくあるスタイルですが、TBM Councilはメンバーの参加費が無料であると以前、IBMの営業マンが説明してくれました。そしてHPを見る限り、メンバーになれるのはCEOやCTOでセールスやマーケティング、ビジネス開発の肩書をもつ人は参加できないと明記されています。TBM Councilはホワイトペーパーやさまざまなユースケースを公開していますが、それらのコストはApptio、つまりIBMが負担しているということになりますよね? 結果的にIBMの宣伝活動の一環としてTBM Councilが使われているのではないか? と思わざるを得ないと思います。また非営利団体の運営としてメンバーシップが無償であるというのは健全ではない気がします。これを改善する予定は?

Guarini:メンバーシップが無料であるという点については現在、組織の中で検討しているので今後、公表できる段階になればその内容を公開できると思います。私もそのポイントについてはちゃんと認識しています。

TBM Councilのセミナーで講演をするGuarini氏

TBM Councilのセミナーで講演をするGuarini氏

短い時間の中、早口でTBMとTBM Councilについて解説してくれたGuarini氏だったが、ここからは筆者の所感を述べたいと思う。

Guarini氏はグローバルな企業のIT支出のうちの13%だけがクラウド(IaaS、SaaS、PaaSなど)に使われており、その程度の割合のコストだけを最適化(FinOps)しても意味がない、TBMはパブリッククラウドだけではなく全体の支出を最適化できるということを力説していた。しかしこれは、伝統的な企業が自社のデータセンターを使わずにパブリッククラウドを使うようになった意味を意図的に無視している観点だとも思える。

企業にとって自社のデータセンターは人間の体に例えるなら、脳や筋肉、臓器として人体を活かすための必須のものという例えが相当だと思われる。しかし突然現れたパブリッククラウドは言わば腫瘍のようなもので放っておけば、どんどん増殖して想定外のことをしてしまうような存在だ。別の見方をすればその腫瘍はこれまでできなかったことをやってしまう第3の手になるかもしれないし、大量のデータを素早く分析可能する新しい脳になるかもしれないし、新しい栄養素を倍の速度で生み出す臓器になるかもしれない。企業にとってこれまでの人体ではできなかったことをその腫瘍にやらせようという意図が込められているように思える。つまり通常の身体(データセンター)でできないことを腫瘍(クラウドサービス)にやらせようという発想だ。

しかし放っておけばその腫瘍はコストを食い潰して制御不能になる可能性もある。またその腫瘍は企業を攻撃するハッカーにとってはシステム侵入の切り口になるかもしれない。それでいてその腫瘍はデベロッパーにとっては自社のデータセンター以上に使いやすくすぐに動き出す新しい手や脚、そして臓器や脳なのだ。つまり13%のコストをかけて新しい臓器を作り出したグローバル企業にとって、その13%のコストは他社との競争に打ち勝つための投資に他ならない。その臓器の原型を提供するクラウドサービスプロバイダーにとっても日夜新しい機能を開発し、強力なコンピューティング資源を投入することでグローバル企業が自社で開発するよりもはるかに素早く安価にその臓器を提供することができる。つまり13%のコストは企業が自社のデータセンターに使う13%よりも遥かに高いインパクトを与える13%と言える。

そして戦略的な投資である腫瘍(クラウドサービス)をいかに最適化するのか? という視点には、腫瘍にかかるコストを管理し、その腫瘍に今まで不可能だった仕事をさせようとする経営部門とデベロッパーとIT運用部門の協力が必要だ。その意味でFinOpsにもTBMにもIT部門と経営部門が参加するべきであることは理解できる。

FinOpsとTBMの違いはその組織体にも性格が現れているといえる。TBMはApptio由来で現在はIBM配下のビジネスであるため、持続するためには売上が必要となる。その売上の源泉は最終的にはTBMを使ってコストがカットされるテクノロジーにまつわる全体予算の数%がIBMによって請求されるという。その売上がTBM Councilの運営に使われていることは間違いないだろう。つまりApptio/IBMが主導するCEO/CIO/CTOのための密な互助組織だ。

他方、FinOpsはLF配下であるためオープンソース的なアプローチをとる。パートナーからの協力を得てFOCUSというクラウドサービスにおける課金のための標準を作り、3大クラウドを含む多くの企業がメンバーとして参加し、コミュニティとして規格作りやイベントに参加する。企業メンバーは非公開ではあるものの無償ではなくコストを負担するという。

TBM Council、FinOps Foundationのいずれも有償の年次イベントを開催しているが、TBM ConferenceはCxOをIBMがホストするお祭りであるのに対し、FinOps Xはテクノロジーに重点を置きながらも財部とIT部門の実践者(Practitioner)が一同に会するイベントだ。

TBMとFinOpsは似ているようでいてその性格はかなり違うというのが筆者の印象だ。最後にそれぞれの組織が掲げる規模に関するスクリーンショットを紹介しよう。

TBM Councilの規模感

TBM Councilの規模感

TBM Councilには19,000人のメンバーが4,000社から参加していると記載されており、メンバーはCxOが主体であると想定される。

FinOps Foundationの規模感

FinOps Foundationの規模感

FinOps Foundationには85,000人のコミュニティメンバーと22,000社の企業が参加しているが、特徴的なのは62,000人がトレーニングを受けたという部分が強調されていることだろう。LF/FinOps Foundationがトレーニングと認定試験を重視していることが現れている。FinOps Foundationのターゲットは主にエンジニアや財務の担当者レベルであることが想定される。

どちらもアメリカの優良企業の指針となるFortune 100の90社以上が参加しているそうだ。

CxOにフォーカスしてさまざまな業界標準やデータを連携してコスト最適化を目指すTBM Councilと、実践者を中心にしてオープンソースのアプローチで戦略的なエリアであるパブリッククラウドのコスト最適化を目指すFinOps Foundationの違いを垣間見られたインタビューとなった。

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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