アトツギ甲子園で気づいた社長の役割 社員のがんばり伝える広報も
中小企業の後継者向けのピッチイベント「アトツギ甲子園」(中小企業庁主催)に出場したことが、就任したばかりの社長の役割をとらえ直し、まもなく創業80年を迎える会社の歴史を振り返るきっかけになりました。セキネシール工業3代目社長の関根俊直さんは2025年8月、埼玉県川越市で開かれたイベント「アトツギのための新事業開発セミナー」に登壇し、アトツギ甲子園の出場経験が自身と会社にどんな変化をもたらしたのかを語りました。
中小企業の後継者向けのピッチイベント「アトツギ甲子園」(中小企業庁主催)に出場したことが、就任したばかりの社長の役割をとらえ直し、まもなく創業80年を迎える会社の歴史を振り返るきっかけになりました。セキネシール工業3代目社長の関根俊直さんは2025年8月、埼玉県川越市で開かれたイベント「アトツギのための新事業開発セミナー」に登壇し、アトツギ甲子園の出場経験が自身と会社にどんな変化をもたらしたのかを語りました。
目次
セキネシール工業は、ユネスコの無形文化遺産である1300年の歴史をもつ小川和紙の伝統技術をもとに、創業者の祖父がシート状の製品などを手がけるようになりました。
セキネシール工業が手掛ける製品は、自動車部品の隙間に挟み込み、気体やガソリンなどの漏れを防ぐという特殊な部品です。大型の紙すき機械を用いて生産し、世界中のメーカーがその材料を採用しているといいます。
しかし、事業は過渡期にあります。過去30年間で売上と社員数は3分の1にまで減少。今後、電気自動車(EV)が普及することが予想されるなか、今後の市場の変化にどのように対応できるかが問われています。
そんななか、関根さんは「特殊な紙をすく技術」に活路を見出そうとしています。たとえば、EVが普及するなかで、火災事故のリスクが注目されつつあります。衝撃などでバッテリーセルから発火してしまうと数秒で燃え広がるおそれがあるためです。
そこで、セキネシール工業が提供するのは、電池と電池の間に挟む「断熱する紙」です。耐熱性も兼ね備えており、仮に電池のなかの一つのセルが燃えても、隣のセルへの延焼を防ぐ「延焼防止材」としての役割を果たします。
取引先である自動車業界は「高耐熱性」や「圧縮性」、そしてEVの軽量化に貢献する「軽量化」を求めており、関根さんは「断熱する紙」がこうした課題の解決につながると考えています。
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そこには、江戸時代から培われた「材料の配合技術」、中小企業ならではの「すり合わせの力」、そして80年にわたり自動車業界で築き上げてきた「信頼性」があるのだといい、現在、取引先である国内外の自動車メーカーは性能評価中で、セキネシール工業も量産化に向けた試作を進めています。
こうした新商品と独自技術をより多くの人に知ってもらうため、関根さんは社長就任直前の2023年12月、「第4回アトツギ甲子園」にエントリーしました。
出場には「躊躇と不安」もつきまとったと言います。一つは、「技術流出」のリスクを心配せざるを得なかったこと、もう一つは、BtoCサービスが表彰される傾向が強いと感じ、「BtoBの新規事業は評価されにくいだろう」という懸念でした。
何よりも、この技術は関根さん自身の成果ではないため、「社員の成果を横取りしてしまうのではないか」という後ろめたさを感じたといいます。
しかし、「技術系の会社がどんどん成長すれば日本はもっと良くなる」と、ベンチャー型事業承継の山野千枝代表のアドバイスをうけて「なぜ自分は尻込みしているのか」と思い、出場を決めたのだといいます。
結果、最優秀賞や優秀賞には届きませんでしたが、それでも出場したことは「ものすごく良かった」と振り返ります。出場したことで見えた「景色」は、会社の未来と自身の役割を大きく変えました。
まず、事業機会の拡大と情報獲得が大きく進みました。SNSで連絡をくれた前職の同僚からの紹介で大手自動車メーカーへのプレゼンの機会が得られたり、埼玉県産業振興公社からの紹介で別の大手自動車メーカーとも商談の機会を得られたりしました。こうして、貴重なフィードバックと最新情報を得ることができたのです。
知名度と社員の士気向上にもつながったといいます。アトツギ甲子園出場後、20件を超えるメディア露出を実現。社員たちからは「うちの会社の評判や知名度が上がってうれしい」と多数の喜びの声があがったといいます。
元々は「社員の成果を横取りする」という後ろめたさを持っていたといいますが、アトツギ甲子園決勝進出時、社員たちからたくさんの応援メッセージを受け取り、「自分が直接、新規事業を進めなくても良い、社員みんなが取り組んできたことを広く知ってもらう広報も大切な仕事だと、経営者の役割を見直すきっかけにもなったといいます。
プレゼン能力の向上と資金調達の成功という具体的な成果も得ました。元々あがり症だった関根さんは、アトツギ甲子園での猛練習を通じて、限られた時間で自社の価値を伝える技術、ストーリーテリング、質疑応答への対応力など、プレゼン能力を向上させました。このプレゼン能力は2025年度の総額7000万円以上の補助金を採択につながりました。
さらに、会社の進むべき未来に向けてミッション・ビジョン・バリュー(MVV)の刷新にもつながりました。アトツギ甲子園に出場するため、関根さんは創業者が会社を興した経緯や当時の社会情勢など、自社の歴史を徹底的に深掘りしていました。
そこから生まれた、セキネシール工業の新しいミッションは「伝統をつむぎ、未来をすくう」。これは、エンジン故障を未然に防ぐシール材を作っているということだけではなく、EVの火災事故をすくう事業を行っている、「未来をすくう」ということが会社の存在意義になりました。
ビジョンは「世界に誇れる特殊な機能紙メーカー」。単なる材料を扱う会社ではなく、「世界に誇れる会社になりたい」という思いを込めました。バリューの「誠実・融和・勇気・創造」は創業者が大切にしていた言葉をそのまま継承しています。
また、会社の歴史を深掘りするなかで出会った小川町の図書館長は、創業者である祖父のことをよく知っている人でした。
「あなたのおじい様は地域を愛した人だった 」という言葉が関根さんの心を震わせました。この出会いをきっかけに、消滅可能性のある自治体の1つに数えられている地元、埼玉県小川町を元気にしたいという思いがより募ってきたといいます。
いま、温めているアイデアの一つが「オープンファクトリー」です。小川町は和紙、お酒、有機農業で有名ですが、資源が乏しい盆地で、自然資源を「匠の力」で工夫を凝らしてきた歴史に、その本質があると考えています。そこで、この「自然資源と匠の町」を生かした「小川オープンファクトリー」を通じて、地域ブランディングを推進していきたいと構想しています。
関根さんは、講演の締めくくりとして、アトツギ甲子園が自分にもたらしたものを以下の3点にまとめました。一つは、自社と自分を見つめ直すきっかけです。二つ目は、社内での自身の役割の明確化です。
そして何よりも大切なのは、「共創する仲間」との出会いでした。共創する仲間とは、同じ中小企業の後継ぎだけでなく、支援者、そして地域の人たちのことも含んでいます。今年度も「アトツギ甲子園」に向けて「埼玉から旋風を!」と呼び掛けた関根さん。
こうした次世代リーダーが増えることは、小川町や埼玉県の新たな活力源となるでしょう。
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