可愛くてにくめない
礼音がドアを開けるとリチャードとエヴァ、それから営業スマイルを浮かべた複数の男性が立っていた。
「リチャード様からお話はうかがい、合いそうなサイズを持って参りました。お試しください」
とリーダーらしい中年男性が話しかける。
「貸し衣装みたいなやつですね」
礼音の言葉にそのようなものだとうなずいた。
「あ、中へどうぞ」
と礼音はリチャードとエヴァに言う。
用が終わるまで外で待たせるのはまずいと、ようやく気づいた。
「失礼するよ」
ひとまずふたりをリビングに通し、飲み物を出す。
それから衣装スタッフも中に招き入れた。
そして若い男性スタッフが彼のサイズを測る。
(あ、測るんだ)
そりゃそうかと礼音は思いながら身を任せた。
「こちらの服が適切かと思います」
と言われた服を持って寝室で着替えてみるとぴったりだった。
「ぴったりでした」
ドアを開けてスタッフたちに報告する。
「それはよろしゅうございました」
衣装スタッフたちが帰るかと思っていたら、彼らは次に黒い箱を提示してきた。
「ドレスコードに対応したお履き物はお持ちでしょうか?」
と聞かれたので礼音は首を横に振る。
(そういや靴もあるんだっけ)
言われるまで気づいてなかった。
同じような要領で指定の靴も借りる。
「返すときってどうすればいいのですか?」
と聞くと、
「もう使わないと判断なさったとき、フロアアテンダントにご連絡いただければ引き取りに参ります」
と返事がきた。
(かゆいところに手が届くな)
さすが高級ホテルだと感心する。
スタッフが去ったあと、礼音は待たせてるふたりのもとへ戻った。
「あら素敵!」
とエヴァが目を輝かせて立ち上がる。
「そうか?」
礼音は首をひねった。
ドレスコードに対応した服を着るなど、初めての経験である。
就職活動する際にスーツを着たことならあるが、彼の心理的にはノーカウントだ。
「とても似合っているわ!」
エヴァは笑顔でくり返し褒める。
彼女に言われていると、何だかそんな気分が起こってくるから不思議だ。
「あなたが言うなら、俺も捨てたものじゃないってことかな」
と礼音は照れて頭の後ろをかく。
エヴァに褒められて照れないというのは、彼には無理だった。
「自信を持って!」
と彼女は笑顔ではげます。
「うん」
礼音は条件反射的にうなずいたあと、彼女に聞く。
「エヴァは服は持っているのかい?」
「ええ、あとで着替えるわ。あなたが着替えた姿を見てみたいと、おじい様にワタシがお願いしたのよ」
と彼女は答えて、彼は納得する。
(冷静に考えれば俺のところに服と靴が届けられる件で、このふたりが来る意味なんてないもんな)
実際彼らはリビングのほうで待っていただけだ。
「エヴァの服も見てみたいな」
礼音は深く考えず自分の希望を口に出す。
「あら。うれしい」
エヴァは一瞬サファイアのような瞳を丸くしたが、すぐに満面の笑みを浮かべる。
「何ならいまから着替えて来ようかしら?」
と彼女は聞いた。
「いや、いいよ」
礼音は首を振って、
「楽しみにしておく」
とつけ加える。
「ふふふ、ありがとう。期待に応えるように頑張るわ」
エヴァは幸せそうに答えた。