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福島第一原発事故の内幕を圧倒的なリアリティで描いた、船橋洋一さんの新刊『カウントダウン・メルトダウン』

 船橋洋一さんが新しく本を出しました。『カウントダウン・メルトダウン』という本です。これはいろいろな意味でおすすめなのでみなさんぜひお読みください。大推薦です。実際に船橋洋一さんにこの本についてインタビューもしました。しばらくしたら現代ビジネス上で公開される予定です。それもお楽しみに。

 船橋洋一さんは朝日新聞の主筆だった方です。主筆とは読売新聞の渡辺恒雄さんと同じ肩書き。渡辺恒雄さんのようなアクのある人ではないのですが、朝日新聞の主筆という、ある意味、第3の権力の中枢にいる人だったわけです。その人が一記者に戻って、それもベテランのジャーナリストとして記者魂全開で書いたのがこの『カウントダウン・メルトダウン』です。

誰にもゲームプランは持ちようがなかった

 この本の魅力はなんといっても圧倒的なリアリティです。福島第一原発事故の内幕を赤裸々に書いています。イメージ的にいえば、タイムマシンに乗って実際の会話を聞いているような生々しさです。当時の菅首相がイライラして怒鳴りまくっている様子も、その場にいて彼の怒鳴り声にこちらもイライラするような臨場感です。原子力安全委員長の斑目(まだらめ)春樹氏が菅首相に怒鳴られて、心臓がバクバクしている様子や鼓動が伝わってきます。

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 上下巻でそれぞれ450ページ前後ある。また圧倒的なインタビューの数なので、登場人物がとても多い。細かいディティールの塊です。そして面白いのは普通、このような本はどこかに決め付けがあって、その仮説を埋めるように構成されているのだけれども、あえてその判断をなるべく避けている。現場で何が起きていたのかというディティールを積み上げることで、全体構造を浮かび上がらせているところが面白い。

 この本を読んで驚くのは、そもそもゲームプランを持っている人がいなかったということです。原発の事故はそれこそ想定外のことであったのでゲームプランは持ちようがなかったのでしょう。そもそも2011年3月11日は、菅首相が外国人献金問題の件を国会で追求されていた最中でもありました。むしろ菅氏は震災を「チャンス」だと思っただろうというのは想像に難くないわけです。

 官邸はもとより、原子力村と言われている人たちも東京電力にも経済産業省にも防衛省にも、ゲームプランはなかったわけです。もちろん、事故対応についての手続き的なことはあるけれども、実際にはそれが現実化することを想定していなかったので、実際には場当たり的な対応になっていきます。おそらく、メンバーが違っていたら別の結果になっていたという恐ろしさがあります。

 それこそ首相が違っていたり、東電の社長が違っていたり、原子力安全委員や保安院のメンバーがそれぞれ違っていたりしたら、結果が変わっていたかもしれなかったというのは、この本を読んでゾッとするところです。

原発推進派にも脱原発派にも論拠になる本

 TwitterやFacebookなどをみていると、「どこかに悪い組織があり、その人たちが汚れのない庶民を一定の既得権益者たちの都合にいいよう一定の方向に利益誘導している」という見方をしている人が多いことを感じます。しかし、現実はそうではない。いやそれすらできないということに驚かされます。

 というのも、個々が公益性と自己保身を斟酌しながら、既得権益の人たちの中も情報を出し合わず蛸壺の中で判断をしている恐ろしさです。要は、統一された「悪の組織」があるわけではなく、もしあるとしたら幾ばくかの善意と大量の保身で包まれた人たちが、原発の大事故をめぐって俊敏な対応をできずに右往左往しているのです。

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 米国と日本が裏で手を結び原子力村を維持するためにどうのこうの、という議論もよく聞きます。しかし実際は日本の対応に対してアメリカは不信感を募らせ、内務省と海軍の間で日本の支援体制について激しい対立があったというのも、私がこの本で知った新しい事実でした。

 ロサンジェルス大地震とハリケーン・カトリーナとスリーマイル事故が同時におこったのが今回の東日本大震災なわけです。日本の政府がてんてこ舞いになり、米国と緊密な連携を取るどころか、それぞれの担当者が情報収集に追われて、米国大使も情報を取れなくなってしまい、それが米国との亀裂の端緒になります。

 そこは下巻の枝野官房長官(当時)とルース大使の電話でのやりとりが生々しい。ルース米国大使が総理執務室に米国の原子力規制委員会の専門家を置いてくれと頼むことを枝野長官が断るシーンです。常識的に考えれば、米国大統領の執務室に日本の専門家を置いてくれというような話なので、これは無理筋なのですが、米国大使もそう頼むほど情報が取れない状況にあったということだったわけです。

 この本は原発推進派にも脱原発派にも論拠になるので、立場によらずおすすめできると考えています。原発推進派にとっては、ここで書かれたことをどう防ぐのかをしっかり考えることが重要です。また脱原発派にとっては、ここで起きたようなことは現在のシステム上では対応できないのですから、また二度三度同じ過ちを犯してしまう可能性があることを指摘すればよいわけです。

 少なくとも、まずは起きたことをじっくり見て、そして今後のことを議論しようではないか、というのがこの本の読みどころでもあるし、その点ですべての現代ビジネスの読者にもおすすめしたい本であると思います。

 あらためてインタビュー記事ものりますので、それもお楽しみに。

 

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著者: 船橋洋一
カウントダウン・メルトダウン 上
(文藝春秋、税込み1,680円)
「民間事故調」の調査を指揮した著者が被災地、官邸、米軍、ホワイトハウスと立体的な取材を継続。浮かびあがらせた「戦後最大の危機」の実相とは。

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