人種差別、経済格差、ジェンダーの不平等、不適切な発言への社会的制裁…。
世界ではいま、モラルに関する論争が過熱している。「遠い国のかわいそうな人たち」には限りなく優しいのに、ちょっと目立つ身近な他者は徹底的に叩き、モラルに反する著名人を厳しく罰する私たち。
この分断が進む世界で、私たちはどのように「正しさ」と向き合うべきか?
オランダ・ユトレヒト大学准教授であるハンノ・ザウアーが、歴史、進化生物学、統計学などのエビデンスを交えながら「善と悪」の本質をあぶりだす話題作『MORAL 善悪と道徳の人類史』(長谷川圭訳)が、日本でも刊行された。同書より、内容を一部抜粋・再編集してお届けする。
『MORAL 善悪と道徳の人類史』 連載第145回
『相反する主張が「進歩的な社会批判」を玉虫色に変える…知識人や社会批評家が対立する裏で隠蔽される支配エリートの「資本主義的搾取構造」』より続く
新しい言葉
あらゆるものには亀裂があって、そこから光が差すと言われている。そして、この亀裂を見つけることこそが、私たち人類のモラルの羅針盤を微調節し、社会の中心をドグマの眠りからたたき起こすための創造的なエネルギーとして働くが、ウォーク運動の真の強みだ。
その目的のためには新しい言葉が必要になる。意味という媒体に囲まれて安らぎを覚える象徴を好む種である人間にとって、独自の名をもたない何かは存在しないに等しいからだ。
新しい言葉は人工的で、押しつけがましく聞こえるため、拒否されることが多いが、この衝動は克服する必要がある。確かに新語は白々しいことが多い。
だが、どの提案が使いやすくて将来的にも生き残るかなんて、誰にもわからないではないか。今日の変化の少なからずが、私たちの新たな性質になるに違いない。