千年の都、京都。伝統文化が根づくこの地が、国内外のアート関係者から注目を集めている。今年11月、京都で初開催となるアートフェア「CURATION⇄FAIR Kyoto」を主宰するユニバーサルアドネットワークCEOの川上尚志に、「京都×アート」が持つ可能性を聞いた。
唯一無二の「場の力」が作品の意味を増幅する
「千年を超える歴史をもつ京都において、日本文化の精髄とも言える工芸と、西洋の模倣にとどまらない日本近代の結晶として近代・現代美術を提示することで、近代から現代へと連なる日本独自の文脈を浮かび上がらせたいと考えています」
「CURATION⇄FAIR Kyoto」の仕掛け人である川上は京都での開催意義を端的にこう語る。2024年に東京で始まった「CURATION⇄FAIR Tokyo」の来場者は延べ18,000人と、注目を集めるアートフェアだ。
京都の展示会場は、日蓮宗の大本山・妙顕寺、日蓮宗の大本山・妙顕寺、真宗大谷派・東本願寺の飛地境内「名勝 渉成園」。さらには市街地から離れ、京都市北部の山間部にある大原山荘も会場となる。歴史ある建築や空間に現代美術を持ち込むことで、作品と空間のそれぞれの文脈を交差させ、作品の背景や文脈を伝えやすくする。
世界のアートマーケットが京都に注目するのは、京都ならではの歴史に裏打ちされる伝統文化や世界遺産を数多く有するためだ。それらが、作品のプレゼンテーションに新しい味わいや見方を与えられる、他都市にはない場そのものの力となっている。
さらには、作品との相乗効果により建築そのものにも新たな価値を与えることも狙える。東本願寺本廟部の杉村暢浄は、寺社を展示場にする意義を次のように語る。
「東本願寺や渉成園には、仏さまの教えや歴史に基づいて表現された建物や彫刻、襖絵や障壁画などが多く存在しています。そういった意味では、アートイベントとの親和性も高いと思っています。ここに現代の作品が展示されることで場の雰囲気は普段と様変わりし、アートを通じて新たな魅力を発信できると感じます」
場の力は作品に影響を与えるのみならず、鑑賞者の非日常性を高め、特別な体験を生み出す。
ただ、日本は一箇所に数多くの展示品を集められる大規模な会場が用意しにくく、会場を点在せざるを得ない。京都も同様だが、京都ならではの複数のユニークベニューの連動によって、その弱点は強みに転じさせることができる。
官民連携でアートイベントを面で展開
京都では毎年10月〜11月にさまざまなアートイベントが開催される。そこで京都府と京都市はこの期間を「京都アート月間」と銘打ち、各事業の連携を強化し、イベント開催中の市近郊の回遊性を高める動きが強まっているのだ。行政が一体となって京都全体のアートシーン活性化を推し進める点もまた、京都が注目される理由だ。
「今秋の京都では、美術館や地域、複数のイベントを巻き込んで、官民が一緒になってアートを推進しようとしている。これは東京にはない大きな強みです。たとえば、京都アート月間の一環として、連携イベントとの相互割引や、会場間を結ぶ無料シャトルバスが運行され、気軽に秋の京都と複数のアートイベントをお楽しみいただける施策を用意しています」(川上)
「CURATION⇄FAIR Kyoto」も文化庁の「全国各地の魅力的な文化財活用推進事業」の補助を活用。京都の文化資源を活用し、日本全体の文化振興と文化財保存の両立を目指しながら、観光客数増につなげることで収益を上げることも狙う。文化財の保存と活用の好循環を生み出そうとするものだ。
また、渉成園では特別展示「工+藝」京都 2025 を渉成園にて開催、東京美術倶楽部が選りすぐった現代工芸作家47名の新作を紹介予定。これは、約500名の美術商の団体・東京美術倶楽部と文化庁、日本芸術文化振興会とともに行う、日本の工芸・古美術の価値を海外に発信・流通させるためのプロデューサー人材育成プロジェクトの一環にもなっているという。このほかにも、企業や個人からの寄付金をアーティスト等の活動や京都市の文化芸術振興策へ活用するプロジェクト「Arts Aid KYOTO」を通じ、行政や文化団体のみならず、文化芸術の持続的な発展を志す企業との連携も実現している。
「工芸マーケットはグローバルとつながりにくいのが現状ですが、東京美術倶楽部と提携することで世界への道を作ろうとしています。京都であれば国内にいながら国際的な発信ができますから、渉成園という場の力を生かし、世界に日本の工芸を伝えていきたいと思っています」
400年後の骨董を、200年かけてつくる庭で見る
近年のアートトレンドとして、「より物質的でサステナブルなものが求められている」と川上。コロナ禍やデジタル化の進展により、物が持つ存在感への関心は高まっている。
「例えば焼物は土を素材に、まさに手で作られたもの。いわばカウンターカルチャー的に、工芸的な表現への評価が高まっているのです。古美術から工芸へと連なる技術や美意識は日本独自の強みであり、世界で戦えるコンテンツ。評論家の清水穣さんが『400年後の骨董を目指して』と題したテキストをアートフェアに寄せてくださっていますが、長期的な価値を見据えて本質的に作品を評価することが重要だと思っています。現在の作品も、400年後には古美術になるわけですから」
会場となる妙顕寺や渉成園、大原山荘。これらはいずれも国内有数の日本庭園を備える。「CURATION⇄FAIR Kyoto」では特別プログラムの一つとして、1848年創業の植彌加藤造園による、渉成園の庭園文化を伝える無料ガイドアプリを作成した。その過程で川上は「庭師になるには200年かかる」ことを知る。
「祖父の代が『この木はこう育てよう』と決めて、実際にその姿になるのは孫やひ孫の代なのだそうです。海外の庭園が完成品として納品されるのに対し、日本庭園は変化し続けるものとして、納品からがスタート。渉成園の庭園も庭師によって、現在の価値として再編集されている。それは長期的な価値の創造であり、アートの見方にも似ています」
気が遠くなるような時間をかけて手入れされ続けてきた庭園に、400年後の骨董となるかもしれない現代工芸が並ぶ。まさに場と作品の文脈の一致だ。
京都で交差する、アカデミアとマーケット。“脇役”のエゴも原動力に
川上が「CURATION⇄FAIR Kyoto」で狙うのは、日本美術の再評価と長期的な価値軸の創造。西洋一辺倒だった美術の評価軸に対し、日本の美術や技術を発信しようとしている。
「アカデミックとマーケットが互いに刺激し合う状態をつくりたいと思っています。学術性を象徴するキュレーションと、市場性を象徴するアートフェア。両者を掛け合わせた試みが『CURATION⇄FAIR』なのです」
「京都でなら日本美術の再評価はできるはず」と川上は続ける。
「個人的な意見ですが、日本の若手アーティストは古美術を見る機会が少ないように感じます。一方、ヨーロッパの若手アーティストは古い作品を徹底的に学ぶ。そこから文脈をつなげていくから、現代美術も強いわけです。だからこそ若手アーティストが古美術に触れ、過去からの流れを汲むことで面白い作品が生まれる。今回の「CURATION⇄FAIR Kyoto」では<工芸>と<近代洋画>に焦点を当てています。ただし、それはジャンルを硬直的に区分するためではありません。むしろ、古美術や近代美術は、それぞれ当時における『現代美術』と言えますし、現代美術もまた未来において『古美術』となる可能性を秘めています。古美術・工芸・近代美術・現代美術を横断的に結び直し、京都という土地の文化資源や産業とも響き合わせながら、日本美術の再評価を提案することを目指しています」
そのためにも「10年は絶対に続ける」と宣言する。重要なのは繰り返し開催することによって、ローカルを耕すこと。東京に住む川上ができるのは「現地の人に火をつける」ことであり、主役はあくまで京都のプレーヤーだと強調する。
つまり、川上はあくまで脇役。京都のまちをはじめ、数々のステークホルダーを巻き込む「CURATION⇄FAIR」を10年続けようとする情熱の源泉はどこにあるのか。そう尋ねると、沖縄にルーツを持つ川上ならではの視点が見えてきた。
「戦前の沖縄には1万2000年続いた縄文時代の人たちが大切にしていた価値観がたくさん残っていました。そうした昔から続くものを発信したいというエゴが根源にあるのかもしれませんね。今はまさにムーブメントとして、日本の工芸をはじめコンテンツが広がろうとしているタイミング。その直感が僕の原動力になっています」
その第一歩が「CURATION⇄FAIR Kyoto」だ。京都だからこそ積み重ねられる評価を、世界に向けて発信する。それこそが「京都×アート」の可能性。その可能性を実現させるための挑戦は今、始まったばかりだ。
CURATION⇄FAIR Kyoto
日程:2025年11月15日(土)~ 11月18日(火)
会場:大本山 妙顕寺 (〒602-0005 京都市上京区妙顕寺前町514)
チケット制。詳細はホームページから。
https://curation-fair.com/kyoto2025
京都アート月間については下記の特設サイトをチェック。
https://kyoto-art-month.jp/