やはり自民党は強かったが……(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
やはり自民党は強かったが……(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 マニフェストと言えば、総選挙(衆院議員選挙)。総選挙と言えば、マニフェスト。各政党が作成し、選挙の前に配布する政権公約集のことである。この用語は、有権者の間で広く一般的に認知されるようになってきていると思われる。しかし、マニフェストは日本の政治をより良くすることに役立っているのだろうか。選挙の結果は、各党が作成するマニフェストに対する支持・不支持を反映しているのだろうか。

マニフェスト選挙18年、続く自民党の圧勝

 マニフェストの起源は19世紀における英国の総選挙とされているが、日本の総選挙で各政党が初めてマニフェストを作成・配布したのは、18年前の2003年11月である。2003年10月の改正以前の公職選挙法では、枚数、サイズなど厳密に規定されたビラ以外、政党が政策資料を作成して頒布することすら禁止されていたのである。

 それから18年。マニフェスト選挙元年に生まれた赤ちゃんの多くは、今年10月31日の総選挙で初めて投票することができるほどに大きく育った。その間、日本の政治も育ったのであろうか。

 自民党を中心とした連立政権の後、2009年の総選挙で民主党(当時)が圧勝。「米国や英国のように、二大政党が政策をベースに議席を競う民主主義が、ついに日本にも誕生した」と、メディアは沸き立った。しかし、それはつかの間の出来事で、2012年以降、自民党による圧勝が続いている。

 公明党の議席を含めると3分の2前後の議席を獲得することが珍しくなくなってきているので、10月31日に投開票があった今回の総選挙での自民党の議席数が少なく感じてしまうほど、自民党は勝ち続けているのである。

 マニフェスト選挙が定着した上での自民党圧勝は何を意味するのか。勝った政党(ほとんどの場合、自民党)は、政権公約が支持されたと解釈し、メディアも「民意が選んだ」政党に、「政権は民意踏まえ課題を前に進めよ」(2021年11月1日付日本経済新聞社説の題名)と主張する。しかし、日本の有権者は、本当にマニフェストに基づいて政党を選択しているのだろうか。

コンジョイント分析とは何か

 客観的なデータと科学的な方法に基づいてこの謎を解明するために、筆者は2014年、17年、21年と3回の総選挙で、気鋭の若手政治学者たちとコンジョイント分析と呼ばれる手法を用いた調査をしてきた。2014年総選挙の後の本誌記事で筆者らはすでに解説しているが、ここでもう一度、分析手法を簡単に説明したい。この「チーム・コンジョイント」の構成メンバーは、米マサチューセッツ工科大学(MIT)准教授の山本鉄平氏、米コロンビア大学客員准教授のダニエル・M・スミス氏、米スタンフォード大学ポスト・ドクトラル・フェロー(来年秋から米エール大学助教授)の栗脇志郎氏、そして米ハーバード大学博士課程に在籍する江島舟星氏である。

 コンジョイント分析は、もともとはマーケティングの領域で使われてきた手法である。例として、筆者が日本に一時帰国中に実際に経験したことを紹介しよう。ある日、筆者はジョギング中に着用できるヘッドホンを買いに、ビックカメラ有楽町店に足を運んだ。店内に入りヘッドホン売り場へ行くと、数えきれないほどのヘッドホンがあった。購入対象として選びたいのは、そのうち1つだけである。

 しばらく売り場の中をウロウロしたところ、いくつかの「属性」が、選択をする上で関係がありそうなことが分かってきた。一つは値段。それ以外に、ブランド、ワイヤレスか否か、ノイズキャンセル機能があるか否か、スポーツに適しているか、定番はどれか、売れ筋はどれか、色、重さなどである。そこで筆者は気がついた。消費者は様々な「属性」を「総合的に」勘案した上で選択しているということを……(なお著者の場合、1時間以上悩んだ結果、途方に暮れて何も買うことができなかった)。

 ヘッドホンを売る側からすると、どのような「属性」が消費者にとって重要で、属性ごとに、いくつかある選択肢(例:「属性」が色の場合、黒、白、青、赤、など)のそれぞれが消費者の選択にどれだけ影響を与えているのかを知りたいはずだ。その調査に適した手法がコンジョイント分析である。

 政治学では、「チーム・コンジョイント」の主要メンバーであるMITの山本氏らが、最新の統計理論に基づいて改良したコンジョイント分析の手法とプログラムを、2017年に発表した。この画期的な論文が発表されて以降わずか数年の間に、コンジョイント分析は、政治学において広く用いられるようになった。

 政治過程において有権者は、様々な「属性」を持つ候補者あるいは政党を「総合的に」考慮した上で、1つを選ぶ。その選択行動は、ビックカメラ有楽町店でヘッドホンを1つ選ぶ消費者行動と基本的に同じなのである。

有権者はどの政策を支持するか

 著者らが実施したコンジョイント分析を具体的に紹介しよう。最初の図(以後図1)は、今回の総選挙の選挙運動期間中に、全国の有権者を対象に実施したオンライン実験の例である。争点ごとに、どれか1つの政党の政策(2番目の図、以後図2)をコンピューター上でランダムに割り当てて、2つの架空の政党(政策パッケージ)を生成し、そのうちの1つを回答者に選んでもらった。

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 政党の「属性」は、今回の総選挙における主要な争点である。具体的には、各政党の公約内容と、いくつかの新聞社が要約した内容を吟味した上で、「原発・エネルギー」、「外交・安全保障」、「多様性・共生社会」、「コロナ対策」、「経済対策」の5つが特に重要な争点だと、筆者らは判断した。属性の順番も各回答者毎にランダムに割り当てた。

 例えば図1の「政党2」は、国民民主党の「原発・エネルギー」政策、公明党の「外交・安全保障」、立憲民主党の「多様性・共生社会」、日本維新の会の「コロナ対策」、自民党の「経済政策」の組み合わせである。このような架空の政策パッケージを、回答者に繰り返し比較してもらった後、データを集計して統計分析をすることで、争点ごとに各政党の政策が、回答者の政党(政策パッケージ)選択にどれだけ影響しているかを推計できるのである。

自民党の政策は必ずしも支持されていない

 その結果判明したことは、他の政党の政策に比べて、自民党の政策が必ずしも支持されていないということである。争点によっては、自民党の政策が最も支持されていない場合もある。これは、2014年、17年、21年の総選挙期間中に実施したコンジョイント分析において、一貫した結果である。

 2021年の結果を示したものが3番目の図(以下図3)である。この図の中の赤い点(「政党名が表示されない場合」)に注目して頂きたい(青色の点については後述する)。これは、争点(例:コロナ対策)ごとに、各政党の政策が表示された場合の「政策パッケージ」選択確率を示している。図1にある通り選択肢は2つなので、50%(図の中で「0.5」と示された確率)であれば、その政策は、平均的には有権者にとって「どちらでもよい」ということになる。

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「0.5」を境に影響度を判定

 つまり、選択確率が0.5であれば、政策パッケージとしての「政党1」あるいは「政党2」を選ぶ上で、その政策はあまり関係がないということになる。飛行機の「ウィング」のような線は統計用語で言うところの「95%信頼区間」であり、これが0.5を含まない場合、パッケージ選択に対して有意に正(0.5よりも高い場合)あるいは負(0.5よりも低い場合)の影響を与えているということになる。

 新型コロナウイルス対策に関しては、多くの政党の政策が0.5からあまり乖離(かいり)していない。有権者にとって、コロナ対策は他の争点よりも政党を選ぶ上であまり重要ではなかったのである。ただし、入国規制を強化することを強調していた立憲民主党の政策は、明らかに不評であった。それにも関わらず、オミクロン株の感染拡大を懸念した岸田文雄政権が、他の国にあまり例がないほどに入国規制を厳重に強化していることは特筆に値する。

 原発・エネルギー政策、多様性・共生社会に関する政策に関しては、自民党の政策が最も不評である。原発の再稼働を推進し、選択的夫婦別姓の実現に向けた取り組みを明らかにしない自民党に、「民意」は「ノー」を示しているのである。

 0才から高校3年生まで一律に10万円相当を給付することを訴えた公明党の経済政策は、全ての争点の全ての政策提案の中で最も支持されていないことも、図3は示している。それにも関わらず岸田政権は、18才以下の国民に一律10万円の給付金を支給することを、11月19日に閣議決定した。民意をどのように理解した上で、このような判断に至ったのか疑問である。

それでも自民党、やっぱり自民党

 なぜ、自民党は勝ち続けるのか。これは、現代日本政治最大の謎と言ってもよいだろう。筆者らのコンジョイント分析では、決定的な理由を十分に説明することはできない。しかし、2021年の調査では、そのヒントを得ることができた。

 その結果を示しているのが、図3の青色の点である。これも赤い点と同様に、争点ごとに各政党の政策が提示された場合の、政策パッケージを選択する確率を示している。ただし、青色の点は、図1で示されている内容とは少しだけ異なる実験をした結果である。

 2021年の調査では、図1にあるような表から「政党1」あるいは「政党2」を何度も選んでもらう作業を各回答者に繰り返してもらった後、同じ回答者に、「政党1」と「政党2」の代わりに、「自民党」と、ランダム割り当てられたもう一つの政党(例:「立憲民主党」)を表示して、「どちらを支持しますか」という質問をしてみた。1回目の作業も、2回目の作業も、各回答者は全く同じ内容の(ランダムに生成された)2つの政策パッケージを繰り返し比較している。

 その結果、「自民党」の政策パッケージだと提示された場合、そのパッケージを選択する確率が跳ね上がることを、図3の青色の点は示している。しかも、パッケージの中に自民党以外の政党の政策が含まれていても、「自民党」というラベルがあれば、つまり政策パッケージを自民党が掲げていれば、そのパッケージを選ぶ確率が10ポイントほど増えるのである。

 例えば、外交・安全保障の共産党の政策は、「安保法制の廃止、軍縮へ転換、敵基地攻撃能力の保有に反対」というものである。赤い点が示すように、政党名が表示されない場合、この政策は明らかに支持されていない。しかし、共産党の安保・安全保障政策が含まれていても、パッケージに「自民党」というラベルがつくだけで、回答者は50%よりも有意に高い確率で選ぶのである。

 つまり自民党は、マニフェストで提案されている政策とは関係ない理由で、有権者の支持を得ているのである。それは、自民党だけが政策を実施できる能力を有しているという有権者の判断かもしれないし、自民党が長年培ってきた利益誘導政治が浸透しているからかもしれない。マニフェストで議論される争点とは関係なく、国庫補助金をより多く地元に配分してくれる、あるいは様々な規制を通じて雇用保障をしてくれるという、有権者の期待かもしれない。ただ単に、他の政党よりは「マシ」というイメージがあるからなのかもしれない。

政策本位の政治は実現するのか?

 その理由が何かについては、今後さらなる研究をする必要がある。だが、少なくとも言えることは、選挙で勝った政党のマニフェストが、最も支持されたマニフェストだというわけではないことである。

 そもそも、解散して急ごしらえで準備したマニフェストを、わずか12日しかない衆院の選挙運動期間中に有権者が十分に理解して、各党の政策を吟味した上で、最も自分の政策選好に近い政党を選んでいるとは思えない。政治学の理論ではそのような仮定が置かれることが多い。メディアも、そのような暗黙の前提で、選挙結果と政策に対する有権者の支持を関連付けて議論することが多い。

 マニフェスト選挙は、政策本位の政治を実現することに役立っているのだろうか。マニフェスト元年から18年。マニフェスト選挙の大前提を、一度立ち止まって深く考えてみる必要があるのではないだろうか。

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