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福祉と差別に関するsds-pageのブックマーク (6)

  • 福祉を奪われる男たち|男子の利用を拒否する子ども食堂|Nero Report

    (2024年9月29日追記)誤字脱字やリンク切れの修正等を行いました。公開時とは内容が異なる箇所があります。ご了承ください。 X(Twitter)で話題になっていた、「虐待を受けている男の子が子ども堂を使わせてもらえなかった」というブログを紹介します。 赤の他人の男が損をするのを願うのが女という性か 妙なクレームが入る様になった。 端的に言うと「男子(男児)や父子家庭の子に事を提供するのは如何なものか、控えて欲しい」というものだ。 要するに、男子は女子よりも事量は多いし、父子家庭なら母子家庭よりも豊かだろうと。 それよりも女子や母子家庭への提供を優先すべきだと。彼女らへの支援が不足しては困るのだと。 クレームを言ってきた人間については、概ね見当がついていた。 30代後半~40代半ばか後半ぐらいの、女性達だ。 ベテランの女性スタッフは、クレームに影響されていった。 彼女と、彼女を支持す

    福祉を奪われる男たち|男子の利用を拒否する子ども食堂|Nero Report
    sds-page
    sds-page 2023/03/13
    男子のかわいそうランキングは低いから女子を優先して救うべきとなる
  • 「排除ベンチ」抵抗した制作者が突起に仕込んだ「せめてもの思い」

    「さすがに、必要ですよね」 そもそもベンチがない問題 「恐れていることが当に起きるか」を知る まちなかで見かけるベンチに、仕切りや手すりのような突起がついていることは「当たり前」の風景になっています。そんな「排除ベンチ」の一つが、先日、ツイッターをきっかけに形を変えました。〝突起〟が動いたのです。当初から〝突起〟に抵抗していたというベンチの制作者。実は、ベンチにある仕掛けをしていました。「みんな排除に慣れてしまっている」。制作者の言葉から、公共空間の過ごし方について考えます。

    「排除ベンチ」抵抗した制作者が突起に仕込んだ「せめてもの思い」
    sds-page
    sds-page 2021/07/14
    ベンチに座ってるだけで通報されたおっさんの話もしてよ。安心安全って話と地続きだしホームレスにならなくても排除される当事者が多くて実感がわきやすいだろう
  • かじめ焼き on Twitter: "聲の形、西宮さんが愛想がいい理由を 吉本浩二先生の 寂しいのはアンタだけじゃない で知った。 https://t.co/TMn9SGwUo9"

    聲の形、西宮さんが愛想がいい理由を 吉浩二先生の 寂しいのはアンタだけじゃない で知った。 https://t.co/TMn9SGwUo9

    かじめ焼き on Twitter: "聲の形、西宮さんが愛想がいい理由を 吉本浩二先生の 寂しいのはアンタだけじゃない で知った。 https://t.co/TMn9SGwUo9"
    sds-page
    sds-page 2020/08/01
    キョロ充とか言われる奴
  • 社会福祉の最前線で働いていますが、貧困層の多くが属するのは爆サイ・ホ..

    社会福祉の最前線で働いていますが、貧困層の多くが属するのは爆サイ・ホスラブ的文化圏そのもので、そのような価値観に対して寛容では無いはてなにおける貧困・弱者へのまなざしについては、常に危ういものであるなぁという印象を抱いていました。それが今回の件で明らかになった気がします。 寛容性や多様性について大上段に論ずるも、その口汚く攻撃的な様に寛容性や多様性は果たして宿っているのでしょうか?

    社会福祉の最前線で働いていますが、貧困層の多くが属するのは爆サイ・ホ..
    sds-page
    sds-page 2017/03/25
    貧困かどうかより差別的かどうかの評価に重きを置いてるのでは
  • 相模原殺傷:尊厳否定「二重の殺人」全盲・全ろう東大教授 | 毎日新聞

    相模原市の障害者施設殺傷事件を受け、障害者の関係団体が相次いで声明などを発表する中、全盲と全ろうの重複障害を持つ福島智・東京大先端科学技術研究センター教授から「暗たんたる思いに包まれています」というメールが27日、毎日新聞に届いた。福島さんが「今回の事件から考えた原理的な問題」をまとめたという原稿を紹介する。

    相模原殺傷:尊厳否定「二重の殺人」全盲・全ろう東大教授 | 毎日新聞
    sds-page
    sds-page 2016/07/29
    すべての人間は平等に価値がない
  • 60代、マザコンおっさんの悲劇

    私には、昔同居していた伯父がいました。  同居するまでの経緯 私の生まれた家はいわゆる「膿家」というやつでした。 この膿家の嫁に来た母は、ゆがんだ価値観に潰されて25歳で統合失調症を発症しました。 そのあと、母は妹を産み、そのまま妹を連れて実家に帰ってしまいました。 母と妹がいなくなった後も、私はしばらく生まれた家(父方の家)で暮らしていました。 母との離婚後、父は突然再婚し、後となる人を家に入れました。 その人と私は一切面識がありませんでしたが、父と再婚してすぐの頃 「はじめまして。今日からあなたのお母さんになります。前のお母さんのことは忘れてね。」と 幸せそうな笑顔で言っていたのを覚えています。 父方の家には私の味方は誰もいませんでした。 父方の祖母は、後の人のご機嫌取りのために、 私が母や妹と連絡を取ることを禁止しました。(それでもむりやり会ったりはしていました) 私に対する禁止

    sds-page
    sds-page 2015/12/27
    障碍者差別はこうして生まれるんだなぁ・・・障碍者の兄弟の面倒見たくないとか出生前診断とかは叩かれがち
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