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甘くて苦くて切なくておかしくていとおしい、青春模様のパッチワーク。社会の片隅、あるいは歴史の闇に埋もれてきた人たちの生を、映画で照らし出してきた中国人監督ワン・ビンによる最新ドキュメンタリー「青春」(4月20日から、東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開)の主人公は、若い出稼ぎ労働者たちだ。彼ら彼女らは故郷を離れて朝から晩まで働いている。でも、それがすべてではない。この若者たちは、ただの働く道具ではない。ワン・ビンはさまざまな男女の日常を追いながら、一人一人の
映画が始まってすぐ、ひと組の男女に心を奪われる。二人は20歳そこそこ。離れた場所で業務用ミシンに向かい、仕事のスピードを競っているが、実はそれは若い恋の駆け引き。顔や体から匂い立つ甘いムードにどきどきさせられる。何だ、これ。どうなるの、二人。
撮影地は、中国の経済発展を
舞台となる工場は複数あって、そのいずれかでの出来事を中心とする九つのかたまりで映画は構成されている。一区切り、ざっと20分強。ロマンスを追うものもあれば、賃金交渉を映し出すものもある。それぞれのパートに明快な結末があるわけではないのだが、面白い。そう思わせるのは、もちろん、若者たちの存在ゆえであり、それを照らし出すワン・ビン作品ならではの透徹したまなざしゆえである。
「こうじょう」と音読みするより、「こうば」と重箱読みするほうがしっくりくる規模・設備の工場。職場の延長線上にある寮の部屋。その間にある、階段、廊下、いくつもの扉。3時間35分ある映画の大半は、ロマンチックとはほど遠い、殺風景なコンクリート多めの風景。そこで若者たちは、じゃれあったり、軽口をたたきあったり、時には、けんかをしたり、バカ騒ぎに興じたりしながら、働く。そうした学園ドラマさながらの人間模様を入り口に、ワン・ビンは、そこにいる一人一人を凝視させる。表層の向こう側を見つめさせる。思わずのぞきこみたくなるような魅力的な映像を、絶妙な時間配分で紡ぎ出しながら。
一日の大半を仕事に費やす若者たちは、無彩色な日々を何とか色づかせようとしているように見える。職場で、ミシンの
だからといって、生活に大きな変革が起きるわけではない。でも、ワン・ビンは、彼ら彼女らの日々の格闘をこの映画に映しとめ、カラフルな大判パッチワークを思わせる青春の肖像にしてみせた。憧れもあせりも強さも弱さも夢も不安も、何もかもひっくるめて、若者たちのひたむきな生を抱きしめるかのように。
見過ごされてきた人間の存在、あるいは尊厳を、映画で描き出してきたワン・ビンの新たな傑作。見ていれば、中国社会の今も浮かび上がってくる。たとえば、一人っ子政策の時代に生まれた者同士が結婚を考えた時に直面する「家」の問題もその一つ。
ただ、登場人物たちはそうしたことを描くための道具ではない。ワン・ビンが真ん中に置くのは、あくまでも人であり、その生。誰も注目してこなかった、あるいは顧みなかった人々をとことん見つめることによって、社会や時代の姿、そして時として、人の世の構造までをも浮かび上がらせてしまうところも、ワン・ビンのすごさなのだと思う。
多くの映像は2014年から15年にかけて撮影され、19年まで時々、追加撮影を実施。映像素材は2600時間分に及ぶという。「春」というサブタイトルがついた本作に加え、あと2本を一連の作品としてつくる構想だという。
◇ 「青春」 (原題:青春 春)=2023年/フランス、ルクセンブルク、オランダ/215分/字幕・磯尚太郎/配給・ムヴィオラ
※写真=(C)2023 Gladys Glover – House on Fire – CS Production – ARTE France Cinema – Les Films Fauves – Volya Films – WANG bing