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「代打の代打」が映し出すチーム愛…阪神が怒濤のスパートで18年ぶりの歓喜

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編集委員 田中富士雄

 勢いの盛んな様子を表すことわざで、「虎は千里 () って千里 (かえ) る」。これは1日の疾走距離。場所が虎の生息地であり、「1里=500メートル」換算の中国であったとしても、ちょっと現実離れしたスピードとスタミナだ。

 さて、日本プロ野球界の「虎」はどうだったか。阪神タイガースは9月1日の白星でリーグ優勝へのマジックナンバー「18」を再点灯させた後、何と1敗もしないまま14日、一気に頂点までたどり着いた。11連勝は41年ぶり。この時点で、2位・広島とのゲーム差は13。ことわざに登場する虎も脱帽せざるを得ない独走Vである。

「2人分の、何とかしよう」という気持ちが生んだ原口の2ラン(8月10日)
「2人分の、何とかしよう」という気持ちが生んだ原口の2ラン(8月10日)

 勝因の分析は本紙プロ野球取材班に任せるとして、小欄は8月10日の巨人―阪神(東京ドーム)に光を当ててみたい。

 九回。1点リードの阪神は、一死一塁で島本浩也投手に代打・糸原健斗選手。左打者を迎えた巨人ベンチは、すかさず左腕の高梨雄平投手を送り出す。阪神は「代打の代打」で右打者の原口文仁選手にスイッチ。結果は試合を決定づける2点本塁打だった。

 阪神のチーム代打成績(14日現在)はリーグワーストの打率1割8分だから、結構な確率でピンチヒッター起用は失敗に終わっている。原口選手の代打成績(同)も、45打数で2本塁打を記録しているものの、打率2割、8打点で驚くほどの数字は残っていない。

 ただ、本紙・阪神担当の西井遼記者によると、「原口選手は試合後、『糸原の代打の代打だったので、2人分の、何とかしようっていう気持ちで。打ててよかったです』と話していたそうです」。

 代打は本来、「誰かに『代わって』打席に立つ」選手を指すのだけれど、士気の高いチームにおいては、ときに「ベンチを『代表して』打席に立つ」選手へ色合いを変える。少なくとも原口選手の言葉には、そんな心意気が透けて見えた。

出番を失った大先輩の笑顔に救われた

 16年前の記憶が、筆者の中で鮮明な形をとどめている。2007年5月31日の巨人―ソフトバンク(東京ドーム)で、巨人は3点ビハインドの七回に一死満塁のチャンスを得た。清水隆行選手(現・野球評論家)が投手の代打に指名され、ベンチから姿を現す。ところが、相手の継投に伴い、「代打の代打」矢野謙次選手(現・日本ハムスカウト)がコールされた。出番を失った形の清水選手から「しっかりやってこい!」と励まされた矢野選手は、劇的な逆転満塁アーチを放つ。喜びいっぱいでダイヤモンドを1周し、しかし、どこか胸に引っかかるものを抱えていた。

劇的な逆転満塁本塁打を放った矢野(2007年5月31日)
劇的な逆転満塁本塁打を放った矢野(2007年5月31日)

 「清水さんは実績のある大先輩。一度もバットを振ることなく代えられて、悔しくないはずがないんです。プライベートでも仲良くしていただいてますし、どんな顔で接すればいいのか少し迷いました」

 ダッグアウトに戻ると、清水選手のささやきが耳に届いた。「ありがとう。お陰で救われたよ」。ハッと見上げた清水選手の顔に、穏やかな笑みが浮かんでいる。「僕の気持ちを察してくれたのか、悔しさを見せずに笑顔で『救われた』と言ってくれたんです。一緒に(優勝して)ビールかけをしたいと思いましたし、清水さんのような姿勢で野球に取り組もうと、心に誓いました」。矢野選手は後日、そう打ち明けた。

 同年、巨人は5年ぶりにリーグ王座へ返り咲いた。

 さらに遡って00年、ある日の中日-巨人(ナゴヤドーム)。試合後のロッカールームに巨人の川相昌弘選手(現・巨人一軍総合コーチ)の怒声が響き渡り、少し開いたドアの奥で若手が青ざめていた。

 「控え選手のチャンスは1度しかないんだぞ。打てないなら打てないで、何とか食らいついてみせろよ。そんなことで、きょう出られなかったヤツにどう説明するんだ!」

 一、二軍を行き来している立場で、代打出場の機会を与えられたにもかかわらず、あっけなく3球三振で退いた後輩のふがいなさが、ベテランの川相選手にとっては我慢ならなかった。

 この年も、やはり巨人はペナントレースを制している。

18年ぶりのセ・リーグ優勝を決め、選手たちと抱き合う阪神の岡田監督
18年ぶりのセ・リーグ優勝を決め、選手たちと抱き合う阪神の岡田監督

 再び、本紙・西井記者。「岡田彰布監督は選手と一定の距離を保っており、人前で親しく会話を交わすことは、ほとんどありません。だからこそ、選手それぞれが自分の役割を考え、理解してプレーするのでしょうし、チームに一体感が生まれたんだと思います」とみる。

 ことわざの「虎は千里往って千里還る」は、虎が千里を駆けても残してきた子を思って千里、その日のうちに駆け戻るとして、「親が子どもに深い愛情を注ぐこと」のたとえでも使われる。阪神の前回優勝は05年。じっくりカウントダウンを味わうこともなく、大急ぎでリーグチャンピオンの称号を勝ち取ったのは、18年間も待たせてしまったファンに対する精いっぱいの愛情表現だったかもしれない。

プロフィル
田中富士雄( たなか・ふじお
 編集委員。1992年入社。長野支局を経て、東京本社運動部、米ニューヨーク支局などでスポーツ全般の取材に携わった。2015年12月から17年11月まで読売巨人軍広報部長。東京五輪・パラリンピックでは統括デスクとして取材班の指揮を執り、22年6月から現職。学生時代は体操競技に没頭した。著書に「松井が行く」(中央公論新社)
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4551097 0 だからスポーツは面白い 2023/09/19 11:00:00 2023/09/19 11:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2023/09/20230915-OYT8I50095-T.jpg?type=thumbnail

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