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地上-衛星間光通信における大気ゆらぎの影響を克服する次世代誤り訂正符号の伝送に世界で初めて成功

2025年10月22日

国立研究開発法人情報通信研究機構
国立大学法人名古屋工業大学

ポイント

  • 地上-衛星間光通信における大気ゆらぎの影響を克服する次世代誤り訂正符号の伝送を世界初で実証
  • 地上-衛星間光通信回線における大気ゆらぎが引き起こす誤りデータの訂正に成功
  • 通信品質を向上でき、実用化に向けた研究開発への貢献に期待
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)と国立大学法人名古屋工業大学(名工大、学長: 小畑 誠)は、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同で、大気ゆらぎの地上-衛星間光通信への影響を克服するための次世代誤り訂正符号の実証実験に世界で初めて成功しました。
地上-衛星間光通信回線において大気ゆらぎがフェージングを引き起こし、誤りデータを連続して発生させていることが明らかになっていますが、そうした影響を克服する技術の一つとして誤り訂正符号があります。今回、高い誤り訂正能力を持つ次世代誤り訂正符号(5G NR LDPCDVB-S2)を伝送した結果、地上-衛星間光通信回線で生じた誤りデータの訂正に成功し、従来よりも通信品質の向上に寄与できることを確認しました。
本成果により、これらの符号を適用することで、地上-衛星間光通信回線の実用化に貢献することが期待されます。

背景

図1 次世代誤り訂正符号伝送実験のセットアップ
NICTでは、地上-衛星間光通信の実用化に向けた研究開発を実施していますが、実用化に向けた技術課題の一つとして、 大気ゆらぎの克服があります。そこで、NICTは、NICTの1m光地上局とJAXAが運用中の光データ中継衛星搭載の光衛星間通信システム(LUCAS)を用いて、地上-静止衛星間光通信実験を実施し、大気ゆらぎが通信品質に与える影響を調査してきました。
調査の結果、大気ゆらぎが数ミリ秒〜数十ミリ秒のフェージングを引き起こし、このフェージングが誤りデータを連続して発生させることで、通信品質が劣化し不安定になることがわかりました。こうした影響を克服する技術として光学系による補償技術と誤り訂正符号がありますが、複雑な光学系の制御が不要となる点に着目し、誤り訂正符号を採用しました。従来のReed Solomon符号などよりも高い誤り訂正能力を持つ、5G通信用途の5G NR LDPCと衛星放送用途のDVB-S2を含む次世代誤り訂正符号を用いて、誤りデータの訂正を実証する計画を進めてきました。

今回の成果

今回、NICTは、1m光地上局とLUCASとの間の地上-静止衛星間光通信回線の60 Mbpsダウンリンクを用いて、名工大と共同で5G NR LDPCとDVB-S2を含む次世代誤り訂正符号の伝送実験を実施しました。その際に、フェージングによる誤りデータの訂正に向けて、これまでNICTが取得してきた大気ゆらぎの知見を元に、インタリーバと誤り訂正符号の条件を調整しました。本実験で得られた伝送実験データを解析した結果、大気ゆらぎのフェージングにより連続して発生した誤りデータの訂正の実証に成功し、5G NR LDPCとDVB-S2が従来よりも通信品質の向上に寄与できることを世界で初めて確認しました。今回の実験で伝送した5G NR LDPCとDVB-S2は、高い誤り訂正能力だけでなく、ハードウェアへの実装容易性や、将来的な5G通信システムとの相互接続が可能である点で、地上-衛星間光通信への活用に期待が持たれています。

今後の展望

本成果は、地上-衛星間光通信回線の通信品質を向上させ、実用化を促進するものです。これにより、現在地上で使用されている5G通信プロトコルと衛星放送の宇宙ネットワークへの適用が可能となります。今後、将来の地上-衛星間光通信システムにおける本技術の活用が見込まれます。
なお、本成果は、2025年10月28日(火)に、宇宙光通信関連の国際会議であるInternational Conference on Space Optical Systems and Applications (ICSOS) 2025にて発表予定です。

各機関の役割分担

  • NICT:誤り訂正符号やインタリーバの条件の詳細検討、大気ゆらぎと誤り訂正効果との関係性の評価、NICTの光地上局の運用
  • 名工大:送信用誤り訂正符号データの生成、受信データの復号解析、誤り訂正符号アルゴリズムの開発
  • JAXA:実験運用計画の立案、将来宇宙機への搭載検討、光データ中継衛星搭載LUCASの運用

関連する過去のプレスリリース

2021年2月17日 光データ中継衛星搭載の光通信機器チェックアウトにおける光地上局との捕捉・追尾成功について

用語解説

大気ゆらぎ、フェージング 気温の変化や大気の屈折率の変動、風が引き起こす対流や乱流などの影響で光の波面が歪む自然現象。地上-衛星間光通信では、大気ゆらぎの影響によって信号光の受信光パワーが変動してしまい、通信品質の劣化及び信号断が生じる(この現象はフェージングと言われている)。風のランダムな変化により大気中の屈折率が絶えず変化しているため、大気ゆらぎの予測がしづらい。 元の記事へ

誤り訂正符号 通信を行う際に、通信路や通信機器の影響で通信データに誤りが生じる場合がある。その誤りデータを訂正するため、通信データとは別に付加する符号データのことである。通信分野では受信したデータの誤りを検出した後に訂正する前方誤り訂正を用いるのが一般的である。なお、誤り訂正符号の条件として、符号化率(※)がある。本実験では、符号化率を調整することで、誤り訂正能力を高めた。
(※)符号化率=(通信データの情報量)/(通信データと誤り訂正符号データの総情報量)
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5G NR LDPC 第5世代移動通信システム(5G New Radio: 5G NR)では、高速・高信頼な通信を実現するために、誤り訂正符号としてLDPC(Low-Density Parity-Check)符号が採用されている。LDPC符号はシャノン限界と呼ばれる理論的な能力上限に迫る誤り訂正能力を持つ。さらにLDPCの復号のアルゴリズムは並列処理に適しているため、低遅延・高スループットが求められる5Gの物理層の要求に適合している。 元の記事へ

DVB-S2 DVB-S2(Digital Video Broadcasting Satellite 2nd Generation)は衛星放送向けに策定された第2世代のディジタル伝送規格であり、通信効率と誤り訂正能力の向上を目的とし、連接符号と呼ばれる強力な誤り訂正方式が採用されている。さらに衛星放送の無線電波伝搬路の状態に応じて変調方式と符号の強さを適応的に変化させることが可能である。これにより、第1世代のDVB-Sと比較して最大約50%の周波数利用効率の向上が実現されている。 元の記事へ

NICTの1m光地上局

NICTの本部、鹿島宇宙技術センター、沖縄電磁波技術センターの3拠点に設置している口径1m以上の反射型望遠鏡を備えた光地上局。低軌道衛星やHAPS等の移動体の追尾が可能。本実験では、NICT沖縄電磁波技術センターに設置している1m光地上局を活用し、静止衛星である光衛星間通信システム(LUCAS)との間の地上-衛星間光通信実験を実施した。 元の記事へ

光衛星間通信システム(LUCAS: Laser Utilizing Communication System)

光衛星間通信システム(LUCAS)は、静止軌道上(高度36,000 km)に衛星を配置し、比較的地球近傍を周回する地球観測衛星(高度200〜1,000 km)と地上局との通信を中継する通信システム。これにより、地球観測衛星と地上局との間のリアルタイムでの通信可能領域を飛躍的に拡大することができる。また、これまで電波を用いていた衛星間中継回線を光にすることで大幅な通信大容量化を図り、地球観測衛星の高度化、高分解能化に対応する。 元の記事へ

インタリーバ インタリーバは、送信側で送信データの順序を決められた規則に従って並び替えを行うディジタル処理部のことである。これにより、バーストエラー(連続して発生する誤りデータ)をランダムエラー(ランダムで発生する誤りデータ)に近い形で分散できるようになるため、誤り訂正符号の訂正能力を向上させることができる。この処理を地上-衛星間光通信に適用すれば、大気ゆらぎで生じたバーストエラーをランダムに分散できるようになるので、大気ゆらぎの低減効果が大きく期待される。なお、インタリーバの条件として深さがあり、深さを長くすることでフェージングの訂正期間を長くできる。本実験では、大気ゆらぎが引き起こすフェージングの期間をあらかじめ想定し、インタリーバの深さを調整した。 元の記事へ

本件に関する問合せ先

国立研究開発法人情報通信研究機構
ネットワーク研究所
ワイヤレスネットワーク研究センター
宇宙通信システム研究室

小竹 秀明

国立大学法人名古屋工業大学 電気・機械工学類教授 岡本 英二

広報(取材受付)

国立研究開発法人情報通信研究機構
広報部 報道室

国立大学法人名古屋工業大学
企画広報課