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なぜ子供たちはつながりたがるのか(4)小寺信良「ケータイの力学」

» 2013年12月09日 14時00分 公開
[小寺信良,ITmedia]

 計4回にわたり、筑波大学 大学院 人文社会系教授 土井隆義先生のご講演と著書を参考に、子供社会におけるつながりの関係を考えている。過去3回は、子供社会の中でのつながりに注目してきたが、今回は子供たちを取り巻く外的要因という切り口から、つながりの問題を考えていきたい。

 都会は人間関係が希薄だと言われて久しい。周囲の人には関心を持たないし、周囲も自分に関心がない、だから平気で電車の中でも化粧ができるのだ、という人もある。だが実際に我々大人は、本当に周囲の人々に関心がないのだろうか。

 例えば満員電車に乗っているとき、我々は意識して顔と顔が面と向かわないように体勢を入れ替えたりしている。これは、お互いを“人”として認知し、協力し合って視線を合わせないようにしている状況である。

 また先の例のように、電車内で化粧をしている女性を見たとき、我々は面白がってあんまりじろじろみるのも失礼かと思って、わざと見ていないふりをして、無関心を装う。本当に無関心であれば、化粧しているなという認知すらしてないはずである。

 こういう心理は、いわゆる大人社会の阿吽の呼吸で成り立っている。だが中には、このような“演技としての無関心”を、本当に関心がないのだと勘違いしている人も出てきている。多少なりとも注意や意見をされれば、見られているのだという認識も生まれるのだろうが、あまりにも完璧に、整然と無視される状況が続くことで、このような誤解が生じているものと思われる。

 このような、周囲に親しい者がいない環境において、その周囲にいるのが自分に感心を向けるかもしれない“人”だと認識しなくなってしまうと、まるで自分の部屋でくつろいでいるかのうように、素の自分が表出してしまう。電車内のマナーを訴えるポスターで、「家でやろう。」というシリーズがブームになった事があるが、ああいった他者に配慮できない状態が平気で起こるわけである。

 従ってこの状況を改善するには、モラルに訴えても意味がなく、周囲にいるのはあなたと同じ“人”である、という認知が行なわれることが必要なのだ。

変わってしまった善悪の評価基準

 親密圏以外の他者に対して意味が見いだせないと、“人”として認知できるのは親密圏の人だけになってしまう。親しくはないが利害関係ゆえに付き合わざるを得ないような人と、適度な距離感を保ちながら生きていくような、中間の状態が存在しなくなる。これだけの人数が地域に集中していながら、人として会話できる相手が数人から10数人程度しかいなければ、必然的にそのコミュニケーションは濃厚なものにならざるを得ない。

 しかしこの程度のコミュニケーション数では、自我や個性を形成するための自己承認欲求が満足させられない。昔の子供は、親からの愛情を確認しなくても、それほど自己肯定感が傷つくことはなかった。なぜならば当時の親は、子供を絶対に見捨てないと補償されており(もちろん例外もあるが)、それ故にいかに「親に見られているかもしれない」といううっとおしさから解放されるかが、思春期におけるメインテーマであった。

 しかし現代は、親や友達といった親密圏の人たちから「見られていないかもしれない」という不安のほうが高まっている。周囲からの自己承認をもっと得ようとして、より親密な、それが上辺だけであってもべたべたしたコミュニケーションを求める結果となる。

 これは、グループによるいじめやリンチの問題と不可分ではない。今年起こった広島での死体遺棄事件は、未成年者を中心に男女7人が逮捕されたが、LINEを使って現場での状況が転送されるなどしたことで、話題になった。LINE特有の集団心理の暴走という報道もあったが、実際にはLINEはただの通信手段であり、LINEがなければメールなどで同じようなことが行なわれただろう。

 LINEで流れたメッセージからは、現場の状況はマズいと理解しつつも、止めることもできず、そこから離脱すらできない模様がつづられている。この事件のすべてを、認証欲求とコミュニケーションの問題だけで解釈はできないが、中心となった加害者の家庭も、親子間の問題が多かった点が指摘されている。近親者からの認証の少なさも、一つの背景にあったと見るのが自然だろう。

 またこの事件は、物事の良いか悪いかの評価基準がもはや変わってしまったことも象徴する。かつての善悪とは、社会的基準に照らし合わせて良いか悪いかが決まった。つまり評価の基準が外側にある。

 一方この事件における少女らの評価基準は、自分の生理的感覚や内発的な衝動に照らし合わせて、良いか悪いかではなく、好むべきか好まざるべきかで決まっている。こちらは評価の基準が内側にあることになる。

 善悪であれば、「正しくあるべき」という概念が存在するが、嗜好であれば、あるべき理想の概念がない。例えばいつの頃からか子供たちがよく使うようになった「むかつく」という表現は、元々は「胃がむかむかする」といった、気分を表わす言葉であった。それが今は善悪といった普遍的な概念に代わり、自分の気分を主体に行動を決めていくことを宣言する言葉となっている。

 このような判断基準によって行動を決めていくのであれば、その場その場で生まれた衝動に従うだけなので、過去と今、そして未来へと繋がる持続性や、統合性がない。すると必然的に、かけがえのない「今」が楽しければよいという、刹那的な行動や考え方が支配的になってくる。

 それがゆえに、「今」のコミュニケーションにしがみつき、いつまでも「今」を止めることができない状況に落ち込んでゆくと考えられる。

小寺信良

映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作は、ITmedia Mobileでの連載「ケータイの力学」と、「もっとグッドタイムス」掲載のインタビュー記事を再構成して加筆・修正を行ない、注釈・資料を追加した「子供がケータイを持ってはいけないか?」(ポット出版)(amazon.co.jpで購入)。


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