生成AIの本格活用にはシステムのモダナイズはデータ整備などが必要と目されてきたがAIエージェントの本格化によって、従来のシステムアーキテクチャ像が覆るかもしれない。AIエージェント導入に当たってIT部門に求められるとともに、“少し先の将来”におけるシステムアーキテクチャ像について、専門家に聞いた(執筆:HubWorks、取材担当:田中広美)。
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今やバズワード化した「AIエージェント」。PoC(概念実証)を終えて実際の業務での利用を開始する企業も出てきた。
本稿ではAIエージェントを自社の業務でどう活用するかを検討しているIT部門や事業部門の担当者に向けて、ユースケースや導入に当たっての注意点などを中心にいま知っておきたい点、そしてあらゆる業務でAIエージェントが利用される時代にシステムアーキテクチャの在り方がどう変わるのかを解説する。
生成AIの本格活用にはシステムのモダナイズやデータ整備などが必要と目されてきた。「ITmedia エンタープライズ」が実施した直近の読者調査でも、生成AIの導入と併せてデータ基盤の整備をIT投資を「重点項目」として挙げる企業が増えている。
他方で、レガシーシステムのモダナイズを課題とする企業も依然多く、生成AI導入を急ぐ企業の「攻めのIT投資」を阻む要因となっている。
しかし、現在バズワード化している「AIエージェント」に関連する技術の進展が、従来のシステムアーキテクチャ像を覆し、企業ITの状況を変える可能性がある。
まずは現在のAIエージェントの状況を整理しておこう。
AIエージェントと生成AIとの違いを説明する際によく使われるのが「自律的」という言葉だ。では、AIエージェントは長らくAIの到達点の一つと言われてきた、いわゆる「自律的なAI」だと捉えていいのだろうか。
生成AIの導入、活用コンサルティングを手掛けるRidgelinezの林 航氏(Technology Group / Enabling & Integration - Senior Manager)は、この疑問に対して「AIエージェントは一定程度自律的に動いてはいるが、『環境を理解して適応しながら自律的にゴールに向かう』といった伝統的な『自律的なAI』の定義に照らし合わせると、制約があります」と慎重に語る。
では、現在「AIエージェント」と呼ばれているものは一体何なのか。
林氏は「AIエージェントを定義するのは技術ではなく、役割です」という。
AIエージェントという名前で呼ばれていることで、これまでの生成AIと異なる新しい技術が使われているように感じる人もいるだろうが、技術的に新規性があるわけではない。
AIエージェントを定義するのは、独自の役割や特徴を持っているかどうかにあるという。そしてそのような役割を与え、ゴールに向かうための生成能力を発揮させるためには、次の5つのステップを踏む必要がある。
「つまりAIエージェントとは、自身にひも付けられたツールを状況に応じて適切に呼び出し、答えを生成する技術です。現状では、AIエージェントに与えられた役割が明確化されていない場合、高いパフォーマンスは発揮できません。AIエージェントがゴールに向かうためには人間による指示が必要です」
林氏によると既にAIエージェントを活用している企業ではマーケティング業務やデータ収集、分析業務などに利用しているという。
「例えば、特定の商品のキャッチコピーを考えるためには、企業のブランドイメージや製品に対するレビューといったさまざまな情報を活用しなければなりません。こうした際にAIエージェントに対して『あなたは企業のブランド情報を集めるエージェントです』『あなたは社内の商品マスターから情報を引っ張ってくるエージェントです』といった役割を与えます。こうしてAIエージェントが各領域で多岐にわたる情報を集め、“親”となるエージェントがこれらをとりまとめて最終的に出力します」
このように複数のAIエージェントで役割を分担して、互いに対話しながらタスクを実行する仕組みを「マルチエージェント」と呼ぶ。マルチエージェントによって、複数の作業から構成される業務をゴールに向かわせることができる。発想は、これまで人間が多階層で処理してきてビジネスフローをAI同士のインタラクションに置き換えるというものだ。
ただし、これは今後、A2A(Agent to Agent)やAnthropicが提唱するMCP(Model Context Protocol)といった共通プロトコルによってマルチエージェントが互いにやり取りする世界が実現した後の話だ。
現在、AIエージェントを利用するに当たって大きな課題となるのが、AIエージェントに対していかに適切な指示を出すかだ。
「データを収集して情報を整理して提供するだけのエージェントはすぐに作れます。しかし、ユーザーが求める回答を引き出すためには、業務に関して専門知識を持った人が、専門用語を適切に活用して指示を与えなければなりません」(林氏)
こうした傾向は、AIエージェントを活用する業務領域の専門性が高まるほど顕著になる。例えば、会計や製造に特化した専門エージェントの構築は非常に難しく、学習やプロンプトの改善が繰り返し求められるという。
「AIエージェントは新入社員と同じです。若手AIを育成するためには、生成されたアウトプットを評価して改善点を伝える必要があるのです。同時に、教育係となる従業員もAIへの理解を深め、より適切にコミュニケーションが取らなければなりません」(林氏)
AIエージェントが新入社員と同じだとすると、IT部門はどのような点に注意して導入を進めるべきなのだろうか。
林氏によると、まずはAIに触れる時間を確保し、試行錯誤を繰り返す必要がある。また、長年の経験に依存する業務については、ベテラン従業員の勘や知見を適切に言語化することも重要だ。
つまり、IT部門が中心となってAIエージェントが活用できる形で、社内の暗黙知を言語化し、整理する必要がある。
林氏は「AIエージェントを導入するためには、専門的な業務を熟知した従業員が積極的に関与することが重要です。完全な内製化が難しい場合は、業界知識を持つコンサルタントを活用するのも一つの選択肢です」と語る。
同氏によると、AIエージェントの導入は、外部のベンダーに依頼したり特定のプラットフォームを購入したりしただけでは完結しない。では、導入に当たって何が必要なのか。林氏は次の3点の重要性を指摘した。
また、AIエージェントを活用するためには、スモールスタートとPoB(Proof of Business:ビジネスの実証)も重要だという。特に売り上げのトップライン向上にAIを使う場合は、ROI(投資利益率)の試算が難しい。スモールスタートしつつ、PoCで終わらせずに、実際のビジネスで使えるかどうかを試す推進力が求められる。
「生成AIがおもしろいのは、PoCで試した内容が別の業務で生きるケースが多い点です。社内に部門の壁を超えて知見を共有する文化や取り組みがあると、生成AI活用の方向を柔軟に転換できると思います」
AIエージェントの活用に際して、社内のITシステム構成の在り方はどう変わるのか。林氏は「これからの時代は、『つながり合う』という発想をベースにしたエコシステムの考え方が重要です」と語る。これまでのような中央集権的な発想でシステムを構築するとビジネス成果から遠ざかる恐れがあるというのが同氏の見立てだ。
これまでAI活用に当たってはデータのサイロ化が問題視されてきた。AIに「食わせる」ためにデータを整備する重要性が言われてきたことは記憶に新しい。しかし、AIエージェントを導入することでこうした状況が変わるという。
「問いかけに応じて適切な答えを生成するのがAIエージェントです。データがサイロ化している場合も、各データを適切に収集できるAIエージェントがいれば問題がなくなる可能性があります。また、レガシーシステムを残した上で、整理されていないデータから適切な答えを導き出すことできるでしょう」
これまでレガシーシステムのモダナイゼーションと言うと、システム全体をいかに刷新するか、特にオンプレミスからクラウドへの移行を指している場合が多かった。
林氏は「あくまで保守や運用、ランニングコスト、システム刷新の投資対効果を慎重に鑑みた上での話ですが、今後は一部のレガシーシステムを『塩漬け』にしつつ、API連携を駆使してデータを活用していくという戦略もあり得ると考えています」と話す。
巨大な基幹システムはオンプレミスとして維持するだけで高コストがかかるケースもあるため、ITシステムの規模によって「塩漬け戦略」は必ずしも最適解とはならない。あくまで選択肢の一つとのことだが、興味深い話だ。
そして、このような傾向はAIエージェントが“進化”するほど顕著になるというのが林氏の見立てだ。「過剰な工数をかけてデータを整えなくても、AIエージェントが適切な答えを引き出せる可能性があると考えています」
AIエージェントの能力の向上はまさに日進月歩だ。1年前には表形式に整形されたデータやグラフを生成AIに理解させるのは難しかったが、現在は表やグラフの認識精度が高まってきている。
めまぐるしく技術が進歩する中で、自社のITシステム構成を見直す際に検討すべき内容も変わりそうだ。
林氏は最後にIT部門に向けて「レガシーシステムのランニングコストを削減する施策は今後も重要です。一方でデータ整備については、AIエージェントの進化との兼ね合いでバランスを取る感覚が必要になるでしょう。こうした感覚を養うためにも、IT部門にはまずAIに触れる時間を増やすことから取り組んでいただくのがいいかなと考えています」と語った。
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