治水で農業が「犠牲」 遊水地計画に反発 埼玉

永沼仁
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 大雨で増水した河川の水をあふれさせてためる「遊水地」。洪水被害を抑える役割があるが、埼玉県坂戸市の越辺(おっぺ)川流域では、農地に計画されたため反対の声が上がっている。この土地で、特産のブランド作物を育ててきた生産者たちがいるからだ。

 5月下旬、遊水地が計画されている同市三芳野地区。越辺川右岸に広がる水田では、農家の原伸一さん(50)が田植えに精を出していた。畑には黄金色の小麦も揺れていた。

 「小麦はパンや麺に適した『ハナマンテン』という品種で、田んぼは有機堆肥(たいひ)を使ってブランド米を作っている。こんな良い農地になぜ遊水地を造らないといけないのか」。原さんはそうつぶやいた。

 越辺川は、荒川に注ぐ入間川の支流の一つだ。入間川流域では2019年の台風19号で堤防が決壊。床上浸水592戸、床下浸水286戸の被害が出た。

 翌20年、国土交通省は、県や市町と「入間川流域緊急治水対策プロジェクト」をまとめた。その柱の一つが越辺川遊水地だ。

 広さ約100ヘクタール。農地を囲むように高さ5~7メートルの堤防を築き、最大500万トンを貯水できる。計画地では原さんを含めて、約60の農家が耕作に励んでいる。

 国交省荒川上流河川事務所によると、堤防内では今まで通り営農できる。だが洪水が起きれば、農地にごみや土砂が流れ込み、作物に大きな被害が及ぶ。従来よりも河川の水が流れ込みやすくなるため、水没の頻度が増す可能性も高い。

 遊水地の整備にあたり、堤防などの施設を造る用地を取得する。ほかの土地は買収せず、遊水地として利用するための補償金を地権者に支払う。

 一方、地権者から土地を借りて農業を営む人たちは補償の対象外だ。農作物が浸水しても「国交省としては補償しない」という。

 原さんは農地の大半を借りながら営農している。「『今まで通り』に農業はできず、死活問題。治水のために犠牲になれというのでしょうか」と憤る。

 地域住民からは、内水氾濫(はんらん)への懸念の声もあがる。

 遊水地の堤防が、西方から越辺川に流れ込む雨水を遮断し、大雨時に遊水地の外側で水があふれる可能性がある。同事務所は「住宅や道路に影響が出ないよう対策を立てる」というが、具体策は示していない。

 原さんや市民らは昨年、「坂戸市三芳野地域の環境と水田を守る会」を結成。学習会も開いた。注目するのが「田んぼダム」だ。

 田んぼダムは、水田の貯水機能を利用して、小さな穴の開いた板などを水田に取り付けゆっくり排水させて、雨水の河川への流入を調整する。

 近年、ダムや堤防だけに頼らず流域全体で洪水対策に取り組む「流域治水」を、国は掲げている。田んぼダムも採用されており、各地に広がっている。

 守る会は、遊水地の代わりに田んぼダムの取り組みを進めれば「農業と治水を両立できる」と訴える。

 一方、荒川上流河川事務所は、「計画的に洪水調節はできない。今の計画の代わりにならない」とする。田んぼダムは「効果が計算しにくい」として、入間川流域で取り組んだ場合のシミュレーションなどもしていない。

 しかし、田んぼダムに長年取り組んできた新潟大農学部の吉川夏樹教授は、「効果は計算できる」という。「水田面積が大きくない地域では他の対策との併用が必要」としつつ、「農地を維持し、生かしながら治水を考えていく仕掛けが必要だ」と話す。

 守る会は今後、農林水産省にも働きかける予定だ。「食料自給率を高めるためにも農家が納得できる見直しが必要。治水だけを優先しないでほしい」

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